私は不思議に思っています。
それは,学校とかで考えに不正解はないって言われる事です。
道徳とかで間違えはないとかよく言われ,手を挙げて発言したら,自分の言った意見を正解の意見に変えられる
ことがありました。
とても不思議に思いました。
その経験があった次からは発言しにくくなりました。
やっぱ,考えには不正解はあると思いました。
みんなの考えも教えてください
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
正解不正解は変わることもあるでしょ。
考える=頭の中は誰でも自由。
ただ、口に出したら、「周りの社会の正しさ」の基準に照らされる。
腹が立ったら人を殺していい、というのは 今の日本では間違いだけど。
昔の日本では事情によっては合法のこともあるし。
考えるだけなら、別に今の日本でもOKでしょ。
周りの社会の正しさに合わせるか、
自分の正しさをリスク覚悟で貫くか、
ただそれだけの話ではないですか。
ななしさん
授業に都合の良いもの(正解といわれます)と、都合の悪いもの(不正解といわれます)があるだけだと思います。
学校では、少なくとも今私たちが生活している中で、よいと思われていることを教えられます。
(時間は守る、とか、悪口はだめ、とか)
考えに不正解があるかないかでいうと、そもそも考え自体に正解不正解というものはないと私は思います。
考えたことは考えたことですから、本当にあったこととは少し違います。
でも、考えが多くの人に認められるか認められないか、とか、分かってもらえる、もらえない、とかはあるでしょう。
“昼庵吞”主
こんにちは。五十路を過ぎたお節介おじさんです。
正解も不正解も色々あって当たり前ですよ。
十人十色、千差万別と昔から言う様に、人各々の考え方があって当然です。
周りの意見は参考程度に聞いて、それをどう思うか決めるのは、自分自身。
そのためには視野を広げ、耳をすませることが大切だと思ってます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください