自分の中の同性愛で悩んでいます。
自分自身のセクシャリティを認めたり、認めることができなかったり、その繰り返しです。
高校の時にうすうす
自分ってそうなのかな、いやでもそんなの嫌だ、
と思いそれ以来見て見ぬ振りをしました。
大学の時にやっと、自分はやっぱりそうなのだ、と渋々ながら認めました。
しかしそのことで鬱になってしまいました。
その後、たくさん考えて
ゲイとしての人生のシミュレーションをしてみたり、いろんな人に会ったりしてみました。
友達にも相談してみました。
かと思えば、
やっぱりゲイとしての人生は嫌だと思い、
どうにかそれ以外の道はないのか模索してみたり、
死に方を調べたりしています。
諦めて認めたり、でもやっぱり、、、
というのを何度も繰り返しています。
優柔不断ですかね。
ゲイなのは変えられないが、
ゲイとしての人生は自分にはとても辛いです。
自分がどのように生きていければ良いのかますますわからなくなってきました。
もはや人にどう思われるか、とか、ゲイの自分を認めるか、とかそういった次元ではなく、
ゲイである自分と、ゲイとしての人生を歩むことが嫌なのです。
人が悩まなくても良いような問題に、
どれだけの時間や労力、勇気が要るのだろう。
くそ
もう心が折れるまでに、
そう長くはないだろうな
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
どうして嫌ですか?
なにがどう嫌ですか
私はおそらく性別関係なく人を好きになります。
しかも同性にしか性的な欲求は抱きません。
ゲイとしての人生と、異性愛者としての人生と何が変わりますか。
(そういう次元じゃないとおっしゃっていますが)
人の目線が怖ければ、クローズゲイでいればいいです。オープンにする必要ありません。
同性が好きなのは、それ以上でも以下でもないです。
たしかに出会いが少なかったりはしますが、出会える場所は探せばありますし 好きになった相手が実はそうかもしれません。
他人が普通悩まない場所で悩まなければいけないめんどくささはわかります。
でも一度、ゲイの人生の何が嫌なのかを考えてみたら何か糸口が見つかるかもしれません。
ななしさん
こんにちは!僕はXgenderの両性愛者です。男性も女性も好きになったことあります。
ここからは僕の考えなので、「こういう考え方もあるんだ〜(笑)」って思っていただけると幸いです。
性はグラデーションという言葉があるように、全く同じ人はいないと思っています。それは自認の性や好きになる性、表現したい性など色々あります。性格みたいですよね!(笑)
そもそもLGBTとかの言葉も必要なのでしょうか?
そういう括りがあるから、差別とか生きづらさが出てくると思います。
だから僕はLGBTとして生きる道ではなく、自分らしく生きる道だと考えています。
性別とか関係なしに好きな人は好きだし、そのままでいいんじゃないかな。
当然、主さんは悪くないから苦しむ必要なんて全くないですよ!
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