現実は甘くない。ハッピーエンドなんてそうそうあるか。
現に私はいじめられ、これが小学校から社会人になるまで続いてる。
好きだった人には会いたくてももう会えなくなってしまったし
友達には手紙もメールもシカトされるし音信不通になるオチ。
私はひとりぼっちになった
自殺はバッドエンド。不慮の死もバッドエンド。
あたしにハッピーエンドなんて見えてこない。
諦めずに地べたを這いずってればいつか道は開けるとかいうけど
もう顔まで泥まみれで何にも見えないよ
もう笑うことも忘れたよ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
人生のエンディングについてどれだけ考えようと、死ぬその瞬間にしかハッピーエンドかバットエンドか判断できなくないですか。
なぜならまだ今を生きているから。
ここに至るまでには辛いことばかりで、今もまさにその深みの中にいる。それでも、もういっそこのままバッドエンドへ進んでしまおう!もう死にたい!いま終わらせよう!という確たる意思があるわけでもないなら、
ここでいったんバッドエンド一直線みたいなこれまでの半生や、暗雲たちこめるみたいな今現在をちょっとどこかに置いておいて、
・このあとハッピーエンドになるとしたら?
・どのように自分の人生が終わったら、ハッピーエンドだったと思える?
と考えてみませんか?
そういうことを考えたことはありますか?
ぶっ飛んだ理想でもいいんです。最低限こうなっててくれたら今より気持ちが楽だな。生きていくのが楽だな。というのでもオッケーです。とりあえず今あれ食べたいなとか。この本の中のあの国へ行ってみたいなとか。
実現できるかとか、金銭的にどうかとか、現実的で余計なことはこの時点では考えなくていいんです。
どれだけ突飛になろうと、どれだけ小さなことだろうと構いません。理想のハッピーエンドをちょっと想像してみてください。
そしたらいつかその理想の中に気づけることがあるかもしれません。
そこには、今の自分に足りないもの、これからの自分には不必要なもの、今までの自分が心囚われていた何かへのヒントが隠れているかもしれません。
すぐに見つからなくてもいいんです。
過去は変えられないのだから、また何も見えなくなったときにはふと、理想のハッピーエンドに思いを馳せてみましょう。
あなたの未来はまだ終わっていないし、決まっていません。
何も見えなくなったら、選択肢の一つとして、今まで見ていなかったものを探してみてくださいね。例えばバッドエンドについて考えたなら、ついでにハッピーエンドやノーマルエンド、隠しエンドなんかもね。
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