何故
「生きた方がいい」
「死んだら親が悲しむ」
と、そんな事が言えるのですか?
「死んだ方がいい」
「生きていたら親が悲しむ」
そんな事は考えないのですか?
何故「生きる事」を前提としているのですか?
何故「生」は正しいものだと言えるのでしょう?
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
そうあって欲しいと思うからじゃないかな。
正しいというか、生きて幸せになって欲しいという理想。
実際は子供が死んで喜ぶ親も、このまま生き地獄を味わうくらいなら死んだ方がマシという人も存在すると思う。
個人的には、生き地獄から逃げるためならまだしも、死を喜ぶ親のために死んでやる義理は無いと思う。
ななしさん
生きてる人が言うことだから、生きてるのが前提なのではないでしょうか。
まあ、私は「生きた方がいい」「死んだら親が悲しむ」という言葉はあまり好きではありませんが。
ななしさん
親のために生きてるわけじゃないし、親のために死ぬわけでもない。
自分の人生は自分だけのものだからね。
それを今終わらせるか、自分のための人生を自分のために生きるか、決めるのも自分しだいだから。
ななしさん
生が正しいと誰かに言われましたか?それは押しつけがましいですねぇ。私は生きることも死ぬことも前提に考えて生きていません。何故なら自分の中での究極限界を体験したからです。長く生きてれば死んだら楽になるんだろうな...とネガティヴになることだって多々。子供は親を選べません。でも、生を授かったということには必ず意味はあると思っています。意味が見つかるのは20歳、40歳、60歳...かもしれない。「親の為に生きる」とは奥深い言葉です。いくつになっても親に頼る意味で言ったらマザコン、ファザコンです。自分の道を自分で切り開いていく姿も親にとっては幸せの1つです。そう考えれば自分が息しているだけで親のためになっているのではないか?とも思います。世の中普通なんてないです「普通は...」なんてただでも常識はあって良いと思います。と思います。
ななしさん
生きていると死ぬことも含めて考えたり動いたり色々な選択肢がある。死んでしまうと「生き返る」という選択肢もないし考えることも動くことも何もできない。「死」は終わりだから、「生」の方を前提とせざるをえない。
「死んだ方がいい」「生きていたら親が悲しむ」ということは十分にありえます。生が正しいものかは分かりません。
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