生まれたときからずっと、人と人のつながりというものは「外の世界」の出来事だった。
今に至るまで。恐らくはこの先も。
内側から覗くそれは、私には一切縁のないものだ。
誰かを好きになったことも好かれたこともない。
過言ではなく、私は他人との関わりを極力削ぎ落とすことで何とか生きてきた。
恋人はもちろん、友達も1人もいたことはなかった。
家族にさえも心を開けたことがあるかどうか。
そもそもなぜそうなったか?
分からない。
物心ついた頃には既に口も心も閉ざしきっていた。
他人のせいにしたくないが、両親の遺伝も多少影響してるんだろうと思う。
二人とも私と同じ診断がおりている。
たぶん生まれた時点からわたしは間違っていた。
この頃は特に、「外」とのズレがひどくなっていると感じる。
もう取り返しがつかない。無理だ。
この世に適応して生きてゆけない
生きていきたいとも思えない
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
家族は好きだけど
他人に興味があんま無いからか
家族では無い他人とは接触したいとは思えない。
ななしさん
自分も人とのつながりが分からない
気が付いたら外とのずれが取り返しのつかない状態になっていた。常識が欠如しているらしい。
家族もまともじゃなかったし、友達と呼べる人も居ない。
相棒と呼べるのは自分の趣味だけ。
自分の気持ちを話せるのは主治医の先生しかいない。先生もどこまで理解してるか分からない。
こんな世界意味あるのかな。
名前のない小瓶
あなたのおっしゃること全てではないかもしれませんが、何となく分かる気がします。
私も他者との間に(両親とは特に)消えない溝を感じて長く生きてきました。
だけどこの掲示板を読んでいると本当にたくさんの人がそうやって苦しんでいるのだと思わされます。
例え表面上ではそう見えなくても。
本当にこの社会に適合している人なんてほんの一握りなのかもしれません。
そして痛みの分かる人、感受性が強い人ほど疎外感を強く感じて生きています。
だけど私は思うんです。
痛みを知っていること、感覚が鋭いことは弱さではなく豊かさなのではないかと。
あなたの文章からはそんな内面の豊かさが伝わってきます。
だから「外」に合わせるよりもどうか「内」に合わせてあげてください。
あなたにとってあなたはズレてなどいないんです。
人との関係に悩んだときに私がいつも思い出す詩があります。
「ゲシュタルトの祈り」という詩です。
ここに載せて良いのか分からないので避けますが、検索するとネットで読めると思いますので良かったら見てみてください。
あなたがあなたのままで生きられることを願っています。
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