俺、多分夏にはいないかも。
令和2年の正月は確実にいないな、この世に。
思えば火事で両親と弟亡くして、年の離れた姉さん夫婦と姉さんの義理両親に引きとられた。
火事で両親と弟亡くしたのは俺と姉さんの修羅場だったけど、姉さんの義両親にはそれから何かと良くしてもらった。本当の家族のように。
悪い事したら叱られたし、頑張ったりしたらその倍誉められたし、飯も腹いっぱい食わせてもらった。不自由や居心地の悪さなんて一欠片もなかった。
本当に良くしてもらった。
小さい頃から知ってる家だったし、姉さんにとっては弟ってより、子供みたいな感覚だったんじゃないかな?
義兄さんには車の免許まで取らせてもらった。
火事思い出して泣いてたらお義母さんが背中トントンして頭撫でながら抱きしめてくれた。一緒に泣いてくれた。
高校卒業して、社会人になってすぐに彼女出来た。喜んで家に連れていったら、義兄さんチラチラ冷やかしに来て姉さんに叱られてたなぁ
結婚して俺に子供が産まれた時は本当にみんなで喜んでくれた
五年前、義母さん脳梗塞で亡くなった時は、両親と弟
火事で亡くした時のような感情が襲ってきて、暫くたちなおれなかった。
嫁も姉さんとは仲良くて、二人で遊びにいったり、義兄さんと俺は子供たち連れて釣りにいったりした。
義父はもの静かな人で、いつも子供たちと手を繋ぎながら、近くの商店へおやつを買いにつれていったりしてた。
俺たちの家を別宅にする話しが出たとたん、物静かな義父が顔を真っ赤にして大反対したのには少し困ったが、敷地内に家を建てる事でギリギリまとまった。
下の子が来年で高校卒業、防衛大を目指して頑張っている。上の子は陸上自衛隊で頑張っている。
3.11後の自衛隊の災害救助に感銘を受け兄弟揃って自衛隊に憧れた。
今、俺は肺癌を患い、余命も数ヶ月、息苦しさがだんだん強くなりつつある。
余命宣告された時義父は「順番が逆だろう…」と力を落としていた、死の恐怖よりも、申し訳なさでいっぱいになった。
本当に、親不幸な事と思う。
ただ、本当はまだ死にたくはないが、死にせまる気持ちとしては、彼の世に行くのはいささか楽しみではある。
残してしまう妻、子供、姉さん、義兄さん、義父には本当に申し訳なく思う。
死を受け入れた時、先ず思ってしまった事は、おっかぁに、親父に、弟に、義母さんに会える、と思ってしまった。
今尚俺の心の半分は、彼の世にいる家族に会えると言う楽しみに支配されてしまっている。
この感情は本当に残して行く人には直に語る事の出来ない感情だと思う。
しかし、俺は短い人生ではあったが、恵まれた人生だったんだと、今噛みしめるように思っている。
追伸
嫁にも子供たちにもたくさんの思い出や感謝の思いはあるのだが、この手紙とは別にしたためようと思う。
ありがとう、いい人生でした。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
切なくも温かい心情を、小瓶に流してくれてありがとうございました。受け取りましたよ。
ななしさん
感銘を受けました。小瓶を持つ手が震えている。あなたは立派な人間だと思う。あとしばらく、最後の生を生ききってください。
ななしさん
あったかいなあ。悲しいけど、こんなにもやさしい気持ちにさせてくれる家族がいるんだなあ。
良い話を聞かせて頂きました。
ありがとうございます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください