私達は結局「器」でしかない。脳味噌を支える器。脳味噌がなければ、意思はない。行動も指示も出来ない。器だけな私達は生きている意味すらないのかも。そう考えない日はありません。心の声なんて聞こえる訳がない。だって心だもの。心臓でも脳味噌でもない。私達の中にある「心」の声だから。幾らでも心理学とかで言える。けど「心」は自分以外の人にはわからない。当たり前の事。究極に言えば自分以外理解者がいないのだから。その心に自分が寄り添って、脳味噌を支えて、誰かに認めてもらうまで人は生きなくてはならないと私は思う。死にたいなら死ねばいい。貴方が望んだ道なのだから。それとまた逆に生きたいなら生きればいい。言いたい事はただ一つ。生きる意味なんて誰もないと言う事。