がっかりはしていない。
ずーーーーーーっと前から
そんなの、とっくに気づいてた。
ことばが、まったく違うから。
言い回しじゃなくて、根っこの部分。
だけど、どこかで賭けをしていた。
ひかりは、透明で純粋で
水晶みたいな洗いざらしだったから
ほんとうは、眠っているだけで
氷の中で目を閉じているだけなんだと
自分に言い聞かせて
待っていた。
あのころと、いまでは
自分の持つ愚かさを、あえて
いちから再構築していく作業を経たことで
あなたのことも
もう、ほんとうのことから
逃れられない
自分を、騙してはおけないことにも
気づいてしまった。
わたしは、小心者で、小さくしか動けないし
立ち回り方もへたくそだけど、
持つ性根は、あなたと、あまり変わりはない。
自分のことしか考えてないけど
その自分のことを、幸せと、安心に導く術がわからない人だった。
いまだって、毎日が試行錯誤の
暗中模索。
逃げ道はあるけど、
逃げてもまた、同じ道に戻るだけだから
時々やすむけど、鼻をたらして
ブサイクなまま、あるく。
いま、とても、キツい時期だと思います。
だけど、それは、だれにも肩代わりは出来ないことなのです。
あなたが、軽く見てきたあなた自身の天才性に
気づく日が来ることを
願うだけです。
そのとき、あなた固有の能天気さが
そのままの形で、開花します。
それは、ただ、生きているだけで
太陽であり、
関わる他者は、あなたに照らされて
勝手に、希望を感じ、受け取ります。
あなたは、なにもしなくても
自分を満たすためだけに、興味のアンテナを張って
ひょこひょこ動いているだけで
勝手にかがやいているのです。
誰かのために、なんて、わざわざしなくても
生きているそのものが
誰かのためになっているのです。
出来る出来ない、得意不得意
あなたが思っている世界の尺度とは
違うものさしで、モノを見ている人間というのがいて
おそらく、あなたは、それを知りません。
わたしは、まだその片鱗を見ただけの人間だけど
片鱗は、見ました。
だから、それは、本当にこの世にあるものなのです。
あなたは、欠けなどない。
生まれつき、なにもかも、備わっている
ただの人です。
わたしは、
ひとは、自分を許せる器の容量しか
他人を許せたり、受け入れたりは出来ないと
からだを張りながらですが、
ほんとうに思っています。
憎しみの強い人、無価値感の強い人
大きければ大きいほど
その反対側(いい意味)も巨大です。
ただ、清濁併せ飲むことでしか
ほんとうの安心というのは
手に入らないのではないか?と
私は思っています。
ラクで気持ちいいほうだけが
世界のすべてではないもの。
影は、光ありきで、
光には、影がどうしてもついてきます。
それは、善悪ではなく
ふつうに、しゃーないことです。
まず、自分が自分に出来ることをしてみること
たくさんあります。
もし、傍らに、しくじったやつがいて、
そいつが、一番の親友だったら
あなたは、なんと声を掛けてあげますか?
それが、あなたがあなた自身に
今日まで掛け損ねてきた言葉です。
やさしくしてあげてください。
すべては、そこから始まると
私は思っています。