出来損ないの自分が嫌になる。
どうして周りと同じように人間関係をやれないんだろうって。
そりゃ私にだって友達はいるけど、そういうことじゃない。
外に繰り出せばいくらでも目撃できるような、目の前にいる人々みたいにどうしてできないんだろうって、思うだけ。
人付き合いの仕方なんて人それぞれだとかいうけど、まあそれはそうだとして、そのことと、その段階に至る前のところでつまづいていることとはどう区別をつければいいわけ?
優しい声で地獄に突き落としたがる人間の声に従えば楽になれる?
いっそなにもかも「私には向いてない」「私とは方法が違う」「私にはもっと合った場所がある」と匙を投げてしまえば、心の安寧を得られる?
どうしてあんな風に人に心を開けないんだろうって?
それは私がただ臆病者だからだ。
臆病をやめられないからいつまでたっても一枚岩のように私の目の前に立ちはだかってくる「人」一般に恐ろしくて立ち向かえない。
人は怖い。
こちらが丸腰だと傷つけてくるから。
だけどこんな風に怖がりなのも、私の弱さだ。
どうして周りの人間はこんな怖さなんかとっくに克服してるにも関わらず、私はまだこんなに怖くて怖くて仕方がないのか。
心の傷とやらでもまさぐり探しあててみればいいでしょうか?
でもあるのでしょうか、そんなもの。
拒絶されるかもしれない。
馬鹿にされるかもしれない。
利用されるかもしれない。
距離感を間違えるかもしれない。
自分のことを知られて嫌われるかもしれない。
そう考えるってことは、そう思わせる何かがあったということ?
拒絶されて馬鹿にされて利用されて距離感間違えて自分のこと知られて嫌われた
思い当たりはいくらだってあるけど、同時に、そんなの誰にだってある。
だから、誰にだってあるものでつまづいて大怪我した人間つまり私って、出来損ないなんじゃないの? とよく思う。
違うの? 違わないよね。
上手く立ち回る能力のなくて、人から浮くタチで、散々深傷を追う羽目になった私が心から憎い。
どうしてこんな風に生まれてきたのか。
こんな風に生まれてさえこなければ、私は私のままでいられたのに
なんて、矛盾してるだろうけど、本当にそう思うんだよ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです