二年目の四月
「今年こそは……」
その言葉だけを、何度も胸の中で繰り返していた
一年目とは……去年とは違う
失敗も知っている
泣く夜も知っている
何も届かない苦しさも知っている
だから今度は、間違えない
厳しくするところは厳しく
優しくする時はとことん優しく
最初が肝心
去年、他の先生方から教わったことを、一つも漏らさず頭に入れて教室へ向かった
教室の前で、一度だけ深呼吸をした
大丈夫、 今年こそ、大丈夫
そう信じてた
今年もか
私が話し始めても、小さな私語は止まらない
「静かにしてください」
子ども達は止まる
一瞬だけ
また笑い声が広がる
注意すると、 「はーい」 と返事だけはいい
でも、その「はい」は従う返事ではなく、 やり過ごすための返事だということを、私はもう知っていた
五月
去年より頑張っている
去年より叱っている
去年より声も張っている
なのに
子どもたちの目は変わらない
「先生、また言ってる」
そんな空気だけが教室に流れる
怒ろうとする
声を強くする
だけど、その怒りは途中でゆらぐ
本当にこの言い方でいいのだろうか?
傷つけてしまわないだろうか?
そんな迷いが、声の奥に滲む
そんな中でも私の言葉を聞いてくれる子ども達がいてくれている
私に変わって他の子ども達を注意をするクラスの学級リーダーのような児童たち
私は少しだけ救われた
六月
朝、教室へ向かう足が重い
階段を一段上るたびに、胸が締めつけられる
教室の扉を開けるだけで、心臓が速くなる
今日は何が起きるのだろう
今日は誰が笑うのだろう
今日は何回、自分の声が無視されるのだろう
そんなことばかり考えてしまう
しかし、学級は少し変わった気がする
学級リーダーたちの存在が大きいのか私の意見も聞いてくれるようになった子ども達が増えた
でも……
私が学級を変えたんじゃない……
あの子達がクラスを変えた…
私は何もできてはいない
どこまでも頼れない私
いつかの放課後
職員室へ戻る
「今日はどうだった?」
他の先生達は優しい
本当に優しい
教頭や学年主任は時々授業を見に来てくれる
学年の先生たちも学級経営も一緒に考えてくれる
「こういう言い方もあるよ」
「一人で抱えなくていい」
「去年より成長してる」
みんな本気でそう言ってくれる
相談すれば、誰も嫌な顔をしない
夜遅くまで付き合ってくれる
教材も一緒に作ってくれる
私は、恵まれている
それは分かっている
だからこそ苦しかった
こんなに助けてもらっているのに
何も変えられない
私だけが変われない
職員室を出て、一人になると涙が出る
「……ありがとうございます」
そう笑っていた顔が崩れる
優しさが痛い
期待が痛い
信じてもらえるほど、自分が情けなくなる
七月
終業式が近づく
教室は落ち着かない
注意しても流される
笑われる
軽く受け流される
そういうことは減った
まだ何人もの児童は私の声を聞いてくれない
私は、怒鳴ることもできない
怒鳴れば解決するわけでもないことを知っているから
でも、怒鳴れない私は、結局何も止められない
夏休み
保護者面談
保護者は穏やかだった
怒鳴る人はいない
責め立てる人もいない
「先生、一生懸命なのがすごく伝わります」
「若いのに大変でしょう。いつもありがとうございます」
そういった言葉をかけてくれる保護者が大半
だけど、次の言葉は静かに私の胸へ刺さった
「先生は、本当に頑張ってくださっていると思います」
その前置きがあるからこそ、次の言葉が逃げられない
「でも……」
少し沈黙があって
「もう少し経験のある先生だったら安心だったかもしれません」
頭が真っ白になった
否定する言葉が浮かばない
そんなことはない、と言える根拠がなかったから……
どれも穏やかな口調だった
責める声ではない
だから余計に痛かった
面談が終わり、笑顔で頭を下げる
「ありがとうございました」
その声だけは震えないように
その日の最後の保護者を見送ったあと、誰もいない教室へ戻った
黒板には、夏休み明けのみんなに向けてのメッセージと軽い予定が書いてある
夏休みは楽しめましたか?
みんなが経験した楽しかった思い出を先生にも聞かせてくださいね
新学期からも頑張りましょう的なことを書いたと思う
こんなに静かな教室なのに、耳の奥ではあの言葉で胸のざわめきが止まらなかった
去年と同じだ
私は結局、何も変わっていない
頑張った
去年より勉強した
去年より叱った
去年より相談もした
去年より必死だった
それでも……
それでも私はまだ教師になれていなかった
「二年やっても駄目なら………」
そんな良くない言葉が頭をよぎる
「来年も同じだったら………」
「三年目も変われなかったら………」
その続きを考えることが怖かった
私は床に座り込んで泣いていたと思う
涙は、もう声にならなかった
ただ一つだけ、胸の奥で永遠に繰り返される
私は、教師でいていいのだろうか?と……
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです