ニートアリの中のニートアリって感じの人です。緊急時に役に立つようなことはありません。いっそ、命を賭して誰かを庇い守れたらいいのですが、実際には巣穴の奥深く外で仲間が死んでようと知らん顔で、働きアリたちが一生懸命作った家でぐうたら過ごし、得た食物等を食い散らかしたりして、それを片付けるのもまた働きアリたちで……みたいな。たぶんそんな感じ。
なんのために生まれてきたのかとか
なんのために存在しているのかとか
生物学的にこんな存在でも必要なのかとか
なんにもわかりませんが、ここにいます。
損な役回りの人っていますよね。
損と考えるかどうかは人次第かもしれませんが、そういう人たちのおかげもあって、社会が成り立っていたり、人類が滅亡したりしてないとして、私は皆に頭が上がらない。
感謝です。ありがとう。
たぶんなんというか、何割かが一身に何かを背負っちゃうような人で、何割かがなんにも背負わない人で、何割かが上手いことのらりくらりやる人で……みたいなバランスがあるのだろうなと思っておりますが、まあつまり、不平等で理不尽です。世界的には、生きるのが上手な人と下手な人とその中間とその他いろいろでバランスを取っている。幸福な人と不幸な人とその中間とその他いろいろでバランスを取っている。などと考えたところで、酷い目に遭うことを受け入れたり、自分より楽をしていると感じる人間を受け入れたりできるかと言われるとそうではないと思います。
しょうがないよね。そういう人間も必要だよね。
なんて言い出したら、人殺しを許すとかそういう話にもなりそうでめんどくさくて。っていうのは私の頭の中の話なので放っておいてもらっていいです。
私は、自分自身のことがずっと「要らない」と思っていて、ひたすら世界に「こんなわたし必要ですか?死んで消えていなくなってもよくないですか?今すぐ殺してくれてもいいんですよ死神さん」みたいなことを唱えたくて。
でもこんなゴミみたいなやつのまま、生かしてくれているのは家族なので、家族にとってはいるのかもしれない。捨てるとか殺すとかいう発想がないというか、できないだけっていうほうがあり得るのかな……
まじ呪縛だよね。
わたしは、わたし以外にこんな人間が、こんな生活や性格してる人間を知らないので、わたしがいらないとなると、他にもいらない人がいるとかそんなのわからなくて。でももしいるのであれば、その人に死んでほしいとは思わないので、わたしは生きてていい人間だ!生きる!みたいに言っちゃいたいけど、死んでほしいと思ってる人間のことを思うと複雑で。
わたしはどっちの、誰の味方をすればいいのだろうと考えます。
あと、自分自身が「死にたい」と思ってるのは「それとこれとは別」の問題で。
自分自身が「死にたい」と思ってることだけを見つめると、他人がどうとかどうでもいいです。関係ないです。これはわたしの、昔からの願いだから。
誰かがわたしに生きてくださいと願うことは
その人の願い。わたしが誰かに生きてくださいと願うことはわたしの願い。それぞれ独立したものとして考えます。
今日はこんなことを言いましたが、明日には違うことを思っているかもしれない。
まだまだ死なないわたしのひとりごとでした。
読んでいただき誠にありがとうございます。
それでは失礼いたします。
次回もよろしくお願いします。
ばいばい
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです