某国では毛皮農業の作業員が怯えたアナグマを狭い金網の檻から掴み出し、メイクブラシ、シェービングブラシ、絵筆等に使うための毛を得るために、殴打して〇し〇すこともしていたようです。息〇えるまでの3分以上の間、必死にもがき続けてもいたそうです。
その様子を確認した野生動物の獣医師の見解によると「屠殺の過程を通じて間違いなく激しい苦痛を感じていた」と述べていたとのことです。
素人の俺でもで容易に想像がつくことですが。
これを屠殺の作業ということにして片付けていいのでしょうか?
屠殺という言葉も人間に好都合なように使われているように思えてなりません。
前足の1本だけで吊るされて屠殺場に降ろされる牛の画像もありました。
なんでこいう扱いになるの?ともならずにはいられません。
親鶏は孵化の数日前から「インキュベーション・コーリング」を図るそうです。
卵を産むだけの機械扱いのようにされ、彼女らの子への愛情までもが踏み躙られている。
日本で店頭に並んでいる豚肉は生後6ヶ月の子豚。
豚までもが1度に10頭以上を出産するように、子供の肉の場合は筋肉や脂肪が柔らかく、ジューシーで臭みも少ないという理由から、豚の子供までもが急成長させられて生後6ヶ月で100kgになるように品種改良されているようです。
品種改良というよりは暗躍的な人体改造のように思えてしまいます。
ここまでされてしまったら、豚にも身体的な不具合や負担がどれほどあることか?
パグ犬も品種改良によって誕生した犬であり、息苦しさで苦しんでもいるようですね。
生まれた時から最期の時まで常時、息苦しさに苦しめられ続けなければならないのもどんなに辛いことか・・・
同じ人間として、彼らに対して慚愧に堪えない感情にもさせられます。
身近な存在であるパグ犬を通じて、他の動物達に対しても思いやりを持てる人が増えてくれたら嬉しく思います。
読んでくださり、ありがとうございます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです