はじめに。意味による使い分けは無視します。単に「哀」の字の方が好きなので、これで統一いたします。
貴方様がいてくださったから、他の人も旋律を考えて後に続けとされたのでしょう。その後の後世には沢山の好きな哀しい旋律の曲が誕生してきてくれました。
私は元々から哀しい旋律の曲やバラード曲が好みです。そうであればどの曲でも好きという訳ではありませんが。
音楽に関してだと、良い時代に生まれてこれたと思っております。
それがいつしか、哀しい旋律の曲は私の形影相随になっていました。哀しい曲は私の心の薬です。
特に大好きな哀しい曲の旋律がこの世で一番、私の心に寄り添ってくれる存在です。この世で一番、私の悲痛な感情そのものと同化してくれる存在です。この世で一番、私の心の理解者になってくれる存在でもあります。カタルシス効果も与えてくれる存在です。
いい人生だったなの時間もそれなりにありましたが、いつも顔で笑って心で泣いて、心の中では独りで死に物狂いで自分で自分のことを必死に支えながらあれやこれや乗り越えて生きてきた人生でした。
本当だったら私もとうの昔に自〇してました。
運命の人だった可能性が高かった人のことでノイローゼになりそうなほどにまでになり、丁度、同じ時分に・・・で扇風機おばさんと同じようなことにもなってしまいも1つだけではなくありで。他にも色々と苦悩がありましたが、この頃がこれまで生きてきた時間の中では一番の地獄と絶望の日々でした。
本当にそうなのか分かりませんが、自〇してしまった人は云々という説がありまして、それが怖くて、なんとかそれでも乗り越えて生きてきました。
でも、自分独りの力ではない。いつも哀しい曲に支えられながら生きてこれました。
生きてく上で私には、哀しい曲はなくてはならないものです。
昔、大ファンだった德永英明のコンサートの帰りの自分を曲で表すと「セバスチャンのベールとレースの香り」だ。自分の人生を曲で表すと「玉置浩二のフレンドもそうだ」というように、表現出来ることにも心が救われる思いです。
きっと、自分の内側で形に出来ずにモヤモヤとなったままにならず、このように形にして吐き出すことが出来るからなのでしょうね。
どのような方だったのか分かりませんが、哀しい旋律の曲を一番最初に誕生させて下さった貴方様は「私の心の命の恩人」だと言っても過言ではありません。
貴方様の手を取ってまでとしたい気持ちは私の自己満足ですが。
これからも私は、生き地獄の人生でしかなくても、哀しい曲に心を癒され助けられながら生きていけることでしょう。これもひとえに元はと言えば貴方様のおかげです。
ありがとうございました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです