また、自分達の新たな幸せ報告だ。
また、このように自分達の人生は順調に幸せを増やすことを出来たのは誰のおかげでか分かってるのだろうか?それについて考えることがあいつらにはあるのだろうか?
なさそうに思えるが。
ないからいつも俺への返金を、物事の中で一番最後に回してるように思える。
まずは、生活困窮に陥ることなく暮らせる基盤があってこそだよな。そこの土台の部分をこの約24年間いつも支えてきてくれたのは誰だと思ってる?その上に、大金が必要な何かがある度に主に助け続けてきてくれたのは誰だと思ってる?それもあったから、いつも家族全員分の人生をスムーズに上手く運ばせることが出来たと言えるのでは?と俺は思ってるが。
それでもあいつらは自分達の力だけで、いつも新たな幸せを手中に収めることをしてきたからだとしか思ってなさそうだよな。
去年に「1万だけ貸して」と来た時もあったよな。1万の余裕すらも手元になかったということか?
例の●●占い師のことといい、なんでこうなのだろう?俺の方には幸せが返されてはこないのに、あいつら側の方ばかりが人生何でもいつでも順調に上手くいける仕組みにこの世はなってるようだから。
これもそうだなと思う。よく考えてみたら、「最近、注告を記載した時点から適用されますよではないと思われる。それよりも何年も前に購入した際にコピペ鑑定文だった。この占い師、ちゃんと1人1人に霊視・霊感による鑑定をしてくれてなかったじゃん。これじゃあ●●じゃん」という過去のことにまでもこの注告文は適用されることになると思われるから。
まだ、この注告文が記載されてない時分に購入していたお客様に対しても「占い師や注告文を記載した側には責任は無いですよ。●●として訴えることは出来ませんよ」とさせられたも同然にも思えるから。
このようにされて気分を〇さない購入者だった人はいないのではないの?とも思うけど。
先日、また親から大金を借りることも出来てたしな。
あいつら側は人生の中で新しい幸せが増える一方なのに、こっちは反対に気分が〇いが増える一方だ。
そのような精神的ストレスからまた無気力気味になったりでもあるし。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです