人はこんなはずじゃなかったって後悔する生き物。
もし自分が嫌な目に遭うとこんなはずじゃなかったって後悔して、いつしかそれは人を憎む理由になって、恨んで、争いが生まれる。
このサイクルは見えないところで回り続けていると思ってる。
私の中でもぐるぐる回り続けて、もうつかれてしまいました。自分がこんな思いをかかえているのも、戦争のニュースを見るたびにこう思ってしまうのも。
争いをなくすことはできるでしょうか。もしできたとして、それは本当に人がなせる業なのでしょうか。
争いがなくなるためなら喜んで自分犠牲にしようと考える自分はおかしいでしょうか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
ななしさん
争いがなくなるためなら喜んで自分犠牲にしようと考えるのはおかしくなくて、尊い話だけど、自己犠牲過ぎると平和が遠のく。
なぜなら、
無性の愛に感化される人が少ないから。
下手すると、砥石の石のように、消しゴムのようにすり減っておしまい。しかもあっという間に。
マンガ『鋼の錬金術師』の最終回(第108話)で主人公エドワード・エルリックが語る、「等価交換」を否定する新しい法則。
彼は「人から10もらったら、自分の1を上乗せして11にして別の人に渡す」と語り、これを人から人へと繋げていく生き方を選びました。
もらって返す。もしくは、もらってちょっとおまけして返すくらいだと、持続可能で平和になりそうじゃないか?
ななしさん
争いは自己犠牲をしてもなくならない
争いは人間でなくても、どの生物でも起こり得ること
つまりは生物が生きていく上で争いは絶対条件である、ということ
小さな紛争。莫大な戦争。どちらであろうとそれを支えているのは小さな人々
一人の力ではどうしようもないことばかりだ、この世界は
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです