95901001.いつの間にか桜の花が咲いている。季節を追いかけるようにして日々を送るのは相変わらずのことで、気が付けば巷はすっかり春の色と匂いがしていました。祝日には畑仕事をする人の姿を車の窓越しに見ることが多くなりました。
私はと云うと、14連勤を終えて虚脱感から抜け殻になりそうだったので、少し遠出をして湖の見えるキャンプ場で休日を過ごすことにしました。気持ちを上手く切り替えないと、当てもなく延々と流れて行ってしまう気がするからです。キャンプと云っても、テントを張ったりする訳でもなく、一日中、湖を眺めて車中泊するだけです。そう云った訳で、サイトが土だろうが何だろうが大した違いは無いのです。景色が良ければ何処でも良い。
天気も良く、湖は空の色やら山々の色に染まって、他の利用客も居ましたけれど、空気がとても静かでした。軽く挨拶を交わす程度の距離感。途中で地元の酒を買って行って、椅子に身を沈めてだらだらと飲んで、昔読んだ本をもう一度読み返す、そんな一日です。オズの魔法使いだとか、果てしない物語だとか、童話っぽいモノをしみじみと読んでみて、通り過ぎたモノを少しだけ思い出してみる。
私の勝手な考えですけれど、小さい頃に読んだ物語の、例えば別の世界に行ってしまうような話では、皆、紆余曲折はありながらも最後は元の世界に戻って行くのよね。或いは冒険の途中で大切なモノを得たり、又或いはそう云ったモノに気が付いたりして、一回り大きく成長して、元居た場所に帰って行くんですね。
子どもの時分は、それが当たり前の筋書きとでも云いますか、自然と受け入れられていた物語でしたが、歳を取って、今読み返してみると少し違う質感と云いますか、ぶっちゃけ帰りたくなくなるわよね、アタシね、そんな気持ちにもなる。そんな大人になるとは、当時は思いもしなかった。
山から吹く風が冷たくなって来たので、夜用に厚着をして、ランプに火をつけて適当に携帯食料を摘まんで、眠くなるまでは延々と星を眺めていました。焚火をするのも良いモノなのかもしれませんけれど、荷物がかさばるのが嫌なので、小さな明かりしか持って行きません。夜は深く、底が分かりません。
コインシャワーから出て未だ寒い夜風を浴びて居ると、ふと交差点の人山が思い浮かびました。人混みに居ても、一人になれる場所に来てみても、それらの根にあるモノはあまり変わりが無いように思えて、詰まる所、お互いがお互いの存在を、視覚的な情報以上のモノを認知することはなく、増えても減っても、互いの人生には――バタフライエフェクトだとか言わない限り――何の影響も与えることはない。コンビニエンスな関係? インスタントの交流と云うのは、実に容易いけれども、都市の交差点を歩くようなモノに過ぎないのよね。
車の中で眠る前に、昔の友人に手紙を一通したためたけれども、きっと返書は無いだろうから、煙草に火をつける時に一緒に焼いてしまった。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください