特に生活で不自由なことはないけれど、心が満たされないです。
周りの子は恋人ができたりしていてとても楽しそうなのに、自分はただ生きているだけで、誰かに愛されて必要とされている子がとても羨ましいです。自分がいなくなっても悲しんでくれる人はいないんじゃないかって思っちゃいます。妹はいつも親に褒められてて自分が兄弟の中で1番成績も悪いし、親にも見捨てられている気がします。出来の悪い子どもで申し訳ない気持ちでいっぱいです。
特に長けてできることもないし、褒められることも滅多にない。もっと可愛げのある優しい性格だったらな、とかもっと顔が可愛かったらなとか、もっと細かったらなとか理想の自分と今の自分を比べてばっかりでとても苦しいです。自分の良いところなんてひとつも思い浮かばない。寂しいです。正直いつ◯んでもいいと思ってしまいます。
誰か私を見つけて下さい。助けてください。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
受け止めてくれてありがとうございます。お返事を書いていただいて少し気持ちが軽くなりました。また落ち込むことがあったら読み返します...あなたに幸せが訪れますように✉️🕊️
白蛇
こんばんは。
お辛いですね。その種の物思いが心に訪れると、どうしても気持ちが沈みますよね。
人は、自分以外の存在にはなれないモノで、しかしながら、きらびやかなモノに目を奪われると、自分の姿が分からなくなってしまうこともある。
先日、古い本を久しぶりに読み返しまして、そこにはこんな記述がありました。
目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。
或いは、
わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。
とも言います。他人を気にしたり、自分と比べたりすることは決して悪いことではないはずですけれど、そうやって自分を傷付けるの宜しくない。
星の瞬きがどのように移り変わり、季節の草花がどのように芽生えて朽ちるのか、そうした物事は、見ようとしなければ見えないままに通り過ぎて行くモノです。
人間も同じなのではないかと思います。己より人に多くを求めても苦しみが増す。自分に何も無いとしても、きっと何かを生み出せる筈ーー私はそう信じないと生きていられそうにありません。
与えられるから与えるのではなく、与えるが故に与えられる人間になることを心がけてみてはいかがかしら?
見落とされるモノこそ見つめて、細やかに丁寧に、慌てずに、呼吸の一つ一つに集中して。
弱くたって良いのよ。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください