自分に素直で裏表なく本音で話す正直な人は良い人だ
そう思ってしまうけど 本当にそうなのだろうか
その代表格は子供だ
子供は思った事 考えた事 吟味せず話してしまう
「たのしい」「つまらない」「あそびたい」「かえりたい」「すき」「きらい」
でも それは 至らない子供だから と
こっちが甘く見てるから許されるわけであって
友人や知人 上司やクラスメイトに
伝えなくても良いネガティブな情報や
打ち明けたい悩みや重荷を無理矢理背負わせる事は正しいのだろうか
確かに 打ち明けた方が
本音でぶつかった方が良い場面もあるが
打ち明けられた側が こちらが想像してたよりも弱い人だったら?
人の悩みを自分の事のように気負ってしまう優しすぎる人だったら?
そうなると 本音で話すという行為は
自分だけの欲求であって
建前で上っ面の関係を長く深く築いた方が
実は良好な関係のままでいられるのではないのだろうか
『本音で話したい』と『本音で話して欲しい』は
同じようで全く違うのかもしれない
関係を良好に円滑にするための建前や嘘が
実は 潤滑油となっている
今は SNSがある
本音を晒して そこから仲良くなって
本音を話し合える友人も作りやすい
本音とは 本来隠すもので
使い分けるものなのかも知れない
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
yuki.
本音は難しいですね。
取り繕って合わせた方が良い場合もある。
誰かと焼肉を食べる時、自分は順番や焼き方に拘りがあっても、周りが楽しそうにしてたら指摘せず黙っておくとかね。
合わせ過ぎた結果、自分のやりたいことが出来なくなったり周りからのイメージが合わせた自分に固定されてしまうと辛くなる。
本音と建前を程よく使いこなせたら良いんでしょうけどね。
私もですが、そうできる人ばかりじゃないのが難儀なところです。
ななしさん
そう思います
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