自己肯定感が底辺だったときは、
自分と他の人って、
同じ世界にいないんだって
思ってたの。
あまりいい例えが思いつかないんだけど、
子どものときって、
「大人」はもう別世界の人って
思ってるじゃない?
なんでも知ってて、
メンタル最強で…みたいな笑。
あの感覚にちょっと近くてね、
とにかく自分と他の人を
同じステージに立ってる前提で
考えることができないのね。
だから人の気持ちを想像するのが
めっちゃ下手くそになるの。
たぶん自己肯定感が低ければ低いほど、
相手の気持ちって正確には想像できないと思う。
自分と相手は違う人種で、
自分はポンコツだけど、
相手はめっちゃ色々できる最強人間に見えてるから。
最近はね、
相手の欠けてるところも
ちゃんと見えるようになっちゃったんだよ、
それがちょっとしんどくもあったの。
人の欠けてるとこ見つけちゃうのって
優しくないのかなって思って。
でも今は、
むしろ前の私の方が、
ちゃんと相手を見れてなかった。
本人を見れてなかった。
向き合えてなかった…って思ってて。
自己肯定感低いひとが、
自己中って言われる理由に、
納得しちゃったんだ。
自己肯定感低い人に、
自分を責めずに聞いてほしいけど、
自己肯定感高い人にも
ちゃんと伝わるように書きたいし、
どこまでどっちに寄り添うか、塩梅が難しいな、笑。
こういう視点を受け取ろうと頑張ることで、
自分って自己中なんだ、
やっぱりダメなんだって
思っちゃったら、
もっともっと自己肯定感下がっちゃうから…。
嫌われることも、
批判されることもあるからこそ、
せめて気持ちがわかる私だけは、
みんなの敵になりたくないんだよ。
自己肯定感が低いゆえの限界はあれど、
その限界の中での優しさは
精一杯発揮してるから、、
自分を責めたら自己肯定感下がっちゃうからね、
褒めよう。褒めるとこ探そう。
でも自分を責めちゃうことを責め始めたら、
それはほんとにピンチなので、
自分を責めちゃう自分ごと「はなまる」。
褒めれないときは「はなまる」。
沈んでる自分にこそ「はなまる」。
自己中っぽくなっちゃうのは、
自己肯定感が低いがゆえの限界であって、
本質的な欠点とか、
性能的なダメなところじゃないからね…!!!
自己肯定感上がったら
自然と抜けられるとこだから…!!!
強く生きようね…!!!
(押しつけっぽかったらごめ、、)
自分を【褒める】 → 自己肯定感【上がる】
自分を【責めない】
→ 自己肯定感【ゆるやかに上がる】
自分を【責める】→ 自己肯定感【下がる】
「自分を責めない」がハードル高すぎなくておすすめ。
褒めるときも、
「すごい!」よりも「だいじょうぶ」がいいかも。
ー
書き直す前の文章も載せとくね ↓↓↓
客観性に欠けるな、
違う立場の人に届かないし、
なんかわかりにくいなって思って
書き直したんだけど、
私に近い状況のひとには
もしかしたらこっちの方が届きやすかったりするかなって思って。
ー
私ってダメな人間すぎて、
みんなと同じ世界にいないって思ってたの。
私は不良品だから、みんなとは違くて。
みんなは私よりも10倍優しくて10倍優れてて。
人間として備わっている素質が、
そもそも違うんだって思ってたの。
だから相手の気持ちを想像するときも、
「私より3倍性能がいい人の気持ち」
っていう前提で想像してて。
でも今思ったら、
それってちゃんと人と向き合えてなかったなって。
ちゃんと本人を見てなかったなって。
今はね、
あ、私ってみんなと同じ世界にいたんだって、
すごくびっくりしているところで。
すごいところしか見えてなかった人たちの、
欠けてるところが見えてくるようになって。
それは少し苦しくも悲しくもあるけど、
その欠けてるところがすてきだなって。
思ってきたの。
私もみんなと、
備わってるもの同じだったよ。
不良品じゃなかったよ。
ー
最初はこれで書いたんだけど、
なんかちょっと
読みにくいな、わかりにくいな、
最初の数行で、自己肯定感高い人は離れてくな…って思って。
「私ってダメな人間すぎて」
っていう入りなんだけど、
「ダメな人間」って、
この感覚がない人からしたら、
たぶん必要以上に自分を卑下することへの
違和感とか嫌悪感を感じさせちゃうんだよ(´・ω・`)
自分を卑下することで、
守られる立場になろうとしてる…みたいな。
全然そんなことなくて、
本気で自分には価値がないって思い込んでるんだけどね。
価値がない人間なんていないよ。
高1くらいのときは、
本気で「私はごみくずなんだ」って思ってたんだけど、
今は全く ごみくず じゃないと思ってる笑。
価値ありありだよ←
こんな私でも変われたんだから、
みんなも絶対だいじょうぶ。
絶対だいじょうぶだよ。
これからどんどん、
良い方向に変わっていけるよ。
10代って
ほんとそうなんだよ、笑。
心が変化し続けてくれてるんだよ。
しかも良い方に。笑
だいじょうぶ
だいじょうぶ
だいじょうぶ
何か言われて不安になったら
またここに戻ってきて、
「だいじょうぶ」を受け取って帰ってね。
だいじょうぶだよ。
ー
(おまけ、)
反省の仕方が下手なひとたち(私も含め)が、
自己肯定感下がっちゃうんだなって
最近すごく思っていて。
反省の仕方が下手っていうのは、
「行動が悪かった = 自分には価値がない」
「相手の機嫌を損ねた = 自分の本質的な欠点のせい」
って思ってしまって、
行動とか相手の反応を、
自分の価値に結びつけて否定してしまうこと。。
でもこんな風に
行動とか反応と、
自分の価値を結びつけてしまうのって、
優しくないわけでも
賢くないわけでもなくて、
心の初期設定なんだよ。
心の初期設定が違うから、
自己肯定感がどんどん下がってく人と、
全然下がらない人がいる。
自己肯定感が下がれば下がるほど、
「相手が求める優しさ」と、
「自分に提供できる優しさ」のズレが
大きくなっちゃうんだなって…。
自己肯定感が低いひとたち(私も含め)って、
本質的に自己中っていうわけじゃないんだよ。。
っていうのを今すごく言いたいの…。
自己肯定感が低くなると、
「提供できる優しさ」が、
需要とかみ合わなくなっちゃうんだよ…。
みんなで自己肯定感爆上げさせて、
誤解を解きにいかない…???
…なんて、言ってもいいかな、
そんな風に
前を向く気持ちには
なれないかもしれないね。
たぶん他の人にはわからないかもしれないけど、
私はわかる気がするよ。
私も通った気がするよ。
ー
私はもともとが優しくないんだって
だから優しくならなきゃなんだって
頑張ってたけどね、
たぶん人間って
自己中なのがデフォルトだよ。たぶん。笑
だから、ほどほどに自己中でいいなって。
思ってる。さいきん。
優しくなろうと頑張りすぎて、
自己肯定感下がって、
私の「優しさ」は
他の人にとっての「優しさ」と
かみ合わなくなっちゃったし。
ほどほどに自己中に生きるよー…
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください