年に一度誕生日はやってくる
必ず漏れなく毎年毎年
俺はね、誕生日おめでとう!とは言わない
絶対に言わない。
言わない理由は在る。
俺ね数年前だけど苦痛の渦中に居たときにね、誕生日だった日が在ってその日も変わらず苦痛だったのあの時は希死念慮にも取り憑かれてた。
俺は想ったんだけど誕生日なんてめでたくねーぞ と。
いつもより余計に苦痛の度合いが増した気がしてね。
誕生日だからってみんなが皆めでたい訳じゃ無い、苦痛に塗れてる事も在る
希死念慮に囚われてることも在る
それからだな
誕生日にはおめでとう、とは言わずに「善い歳を!」と言うように成った
それと同様に明けましておめでとうも言わない
代わりに善い年をか悪くない年をと言うように成った。
今回はそんな話し
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
yuki.
誕生日おめでとう
明けましておめでとう
今の時代だと結局はただの定型文でしかないんですよね。
昔は死亡率が高かったし、飢饉とかで食べ物に困ったりもしてたから、誕生日を迎えられたことや、無事に年を越せたことはそれだけでめでたいことだったのかもしれませんが…。
何気ない他愛のない言葉でも、人によってはめでたくもなくて古傷を抉ることになるのは難しいところです。
「善い歳を!」
確かに、なるほどと思いました。
めでたいとは限らないけど、相手にとって善い歳になるようにとの願いが込められてると私は感じました。
子供の頃は、誕生日ってプレゼントもらえるし本当にお祝いって感じでめでたいイベントだったのに、歳を取るとまたひとつ無駄に老いただけという虚しさのが勝ります。
母も誕生日が同じで高齢なので、ここ数年は『あとな何回一緒に誕生日を迎えられるだろう…』という不安もついてまわります。
おめでとうというよりは、生きていてくれてありがとうって気持ちですね。
宛メでも誕生日の小瓶が流れてたら
やっぱり『誕生日おめでとうございます』って返事してしまうでしょうね。
それが相手にとって嬉しいかは別問題ですが…。
ななしさん
あなたの考え、すっごく素敵です。
私も思ったことがあるんです。
誕生日におめでとうってなんでいうんだろう、って。
まあ他の人に乗っかっておめでとうって言うんですけどね。
ななしさん
もうすぐ私のお誕生日。
私にとって一番悲しい日。
この世に生まれてごめんなさい。
でも貴方の言葉に少し救われた気がします。
ななしさん
それも、とってもいいですね。
悪くない年を!
すてきです。
わたしは、
おめでとうっておもいます
つらい思いをしのいでしのいで
つないだから
むかえられた
他人からはけしてみえない努力をして
いきてきたから
むかえられた歳を
思い切りおめでとうっておもいます
自分から自分におめでとう
くるしいけれどおめでとう
めでたくなくても喜ばしくなくても
いたくてかなしくても
おめでとう
ありがとう
おめでとうのめで、は「愛でる」から、
とうの部分は「いとう(甚う)」から
どんなあなたのいちねんでも
無為に過ぎ去ったいちねんも
とってもたいせつないちねん
そう思ってないと
やってらんないー笑
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
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