いつかに縋って今を生きるのはつかれた
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
この一言をみると、人間というのが如何に弱い存在であるかということを思い知らされる。強いようで弱い。
何かにすがりたいのなら、仏にすがればいいのではないだろうか。まあ、神でもいいが、すがるということではないかもしれないが。何か形がないと、すがれないというのも、確かにある。仏と言ってもたくさんいるが、他に対象がなければ、千手観音に祈ることをすすめる。ゴータマ・ブッダ(普通に言うお釈迦様)でも聖観音でも、虚空蔵菩薩でも、地蔵菩薩でも、いいのであるが。
申し訳ないが、疲れているので、この辺で書くのを止める。
ななしさん
またいつか今縋りながら生きていけるならそれでもいいじゃない
ななしさん
ため息のような、小瓶。
私も、横に座らせて下さい。
事情は個人的なこと、が理由なので、自由参加ということで。
まいたん
ななしさん
未来って不確かなものですものね。
なんだか切実な切なさを感じる小瓶でした。
いつかの為に今を生きるのに疲れてしまったら、どうすればいいのか。
私も考えてみました。
私なら、屁理屈のようですが、今を生きる為に生き続けると思います。今を楽しく生きる為に。
やりたいことは我慢しないで、やりたくないことはやらない。
頑張りすぎた自分を、少しだけ甘やかしてあげると思います。
とりあえず、今を大事にする為に生きてみると思います。
けれど小心者の私は、きっとすぐに未来に不安を覚えるでしょう。そうして、ある程度安心して今を生きる為に、結局はいつかの為に生きざるを得なくなるのかもしれません(笑)
あくまで私なら、というだけの話ですので、参考程度に・・
結局何が言いたいの?っていう文章になってしまいましたが、つまりは疲れたら休んじゃおうよって話です。
人間って弱い生きものですが、同時に強さも兼ね備えてる生きものですから。心が本当に死んでしまわない内は、結局どこかで生きよう生きようと頑張りたくなるものらしいです。
だから、大丈夫です。たくさん休んだら、また何か頑張りたくなります。その為の力がふつふつとわいてきます。
だから、今はちょっと休んで、やりたいことはやって、心のバカンスを満喫してみてもいいと思いますよ。
ほたる。
ななしさん
縋れるいつかなんて持ってないからなぁ
そういう人の感覚は共有できなかったりして
因みにいつかを迎えた時には何が変わるんだろ
何を変えたいんだろ
此処ではない何処かという感覚は
何処にいようと何年経とうと変わらないって気がするけどね
そこら辺について考える様になってきた人の小瓶なのかなと思ったよ
明日になろうといつかはいつか
蜃気楼だよそれは
ななしさん
小瓶主がくゆらせた一言に、一月前の己の姿が浮かび上がり、気付けばお返事を綴る私がおりました。
お盆時期から月末にかけて、貴方と事情は違えど、灰の中、くすぶり続けた火を砕き、佇んでおりました。
月の満ち欠けのように、人の心も欠けては満ちて廻るのかもしれないけれど、苦みが未だ少し舌に残っております。
時の流れは、優しいです。
長月に入り、かかる暗雲の切れ間から、月光がのぞきみえるような気がして、雲を吹き流そう、霧散させてみせようという気力が少しばかり湧くようになりました。
小瓶主の中にのぼる月光が、どう映っているのかわからないけれど、日ごと貴方が力を取り戻す事を信じます。
おばあ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください