母の死は私に大きなダメージを与えました。
少しも親らしくない、家事もろくにできない、子供を大事にできない人でした。実家依存というか、実母(祖母)に依存し、注目されたい、他の姉妹(叔母ら)に負けたくない、子供がそれをわかるほどで、そんな親だったのに。
私の時間は母の遺体を見た瞬間から止まっています。
でも、そう言うと人はその状態を理解できません。
母の死はもう10年以上前なのに、私はいつまでもその瞬間をまざまざとよみがえらせ、母の死は昨日今日のことのようなんです。
そして私の年齢も、暦上は増えているのに、気持ちもその瞬間で止まって、その後に起きたことが夢のようなんです。
現実はそんな私を置いてきぼりにしました。その時は私はある仕事に就いて、割と高収入でした。
母の死で前と違う私、それまでだったらしなかった様々なこともあり、他の理由もあって、退職しました。退職金もそれなり。
その瞬間や今も、一応現実は見えています。でもすべての感覚はあの瞬間で止まっているんです。一番わかりやすい、金銭問題。
過去高収入でも、辞めたら無収入。その頃、コロナ問題が起きました。
実は私は、実家が不便な場所な場所であることや、将来の介護まで見据え、どうせ私は結婚しないと職場のある県庁所在地の住宅街で中古住宅を購入していました。仕事を一生続けるつもりで、ローンを組んで。
それまでの貯蓄や退職金が徐々に減っていき、一応現実を見えている私はその中古住宅を手放しました。ローンと相殺になり、少しも貯蓄に回せませんが、ローンの負担は減ります。
その代わり、私は一人暮らしの賃貸で家賃を払わないといけません。
ローンの負担が大きくて、楽になった気分でいました。でも、少し金額が減るだけで家賃の負担は無職の私には大きい。なぜ生きるだけでこんなにお金がいるのだろうと疑問でした。無職のせいだとその時もわかっていません。
私は仕事は好きでした。後でいろんな仕事に就きますが、仕事が嫌ではなく、仕事で関わる人の中で何か嫌なものを見つけてしまうんです。
でも、それは仕事する人全員、我慢したり、上手にかわしているもの。
私はそれを少しもわかっていません。
前の高収入の気持ちで、同じ生活していれば、貯蓄、退職金もすぐに消えました。その頃コロナ問題で世間が騒ぎ、国も補償金など給付したりで、私だけがこうなっているんじゃない、世の中全体が同じなのだと思い込みました。
今私は複数の仕事を掛け持ちしています。目の前の家賃や生活費を稼ぐために。
でも、母の死の瞬間から時が進んでいるんだろうか、わからないのです。
今になってわかることは、他の人はコロナ問題があっても、仕事はしていて、今も同じぐらい収入があり、私だけ低所得になっていること。
退職の時に、鬱病で障害年金をもらうようになり、厚生年金分が大きいから、それなりの収入があっても、以前のような生活はもちろんできない。なのに、ふと気づくと同じ金銭感覚で購入していたり。
仕事にしたって、最初の頃は、以前と同等と言われるぐらいのところでしたが、私が正社員だった頃、臨時の人がいづらそうにしていたように、非常にいづらく、また上司や先輩らの横柄な態度に驚いたり、同等と言われる職場でこんなことがあっていいはずがない!と、いろいろ…。そこにしたらトラブルメーカーだったでしょう。
生きていくためには、綺麗ごとなんて言ってられない、前の職場は事情が特殊でどこから見ても潔白にしていたけど、よそはそうじゃない。
頭ではわかってきています。でも、まだ気持ちが追いつきません。
同じような人はいないかと探すと、いるにはいるようですが…たいてい誰か保護者がいて、本人は就労できてないことが多いです。
私も本当は就労できないのを、無理にクローズにして働いています。
おそらく金銭感覚以外もすべてあの頃のまま。
母の死の衝撃を受けた時、私はもうそれなりの大人だったから、時間が止まっても、そんなに他の人は外から見る分にはわからない。
私自身だって、お金以外ではわからないまま、毎日夢の中をさまよっています。
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