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すべてが変わってしまったあの日のこと、今でも思い出そうとすると苦しくなるあの日のことについて。高校2年生の時の冬

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(5月くらいに書いた文章。このときは自分が書いていることが本当に正しいのかどうか分からなくて流すのを保留にしていたのだけれど、今になってだいぶ正しいんじゃないかと思えてきたので心の整理のためにも流すことにする。)

すべてが変わってしまったあの日のこと、今でも思い出そうとすると苦しくなるあの日のことについて。

高校2年生の時の冬。
土曜日の夕方。
アメリカに数週間の短期留学するクラスメイトの子たちが日本の空港から飛び立っていく日だった。
もしわたしもあのときアメリカへ行っていればこんなことにはならなかったかもしれないのにと、何度も何度も考えたことがあるのでよく覚えている。

ここで文章を書いている時点で分かるかもしれないが、わたしはもともと自分がそのとき考えたこと感じたことについて文章を書くのが趣味だった。まあ、日記みたいなものか。

あの日は家族についてのこれまでの恨みつらみみたいなのを書いていた。
これから多分そのとき書いていたと思われる文章を載せるけれど、かなり露悪的なので注意してほしい。あとこれを書いたのはあくまで一年半前のわたしなので、もし反感を感じてもこらしめようとしないでください。泣いちゃうので。

やっぱりやめた。

わたしはそのときとても熱中していた。
そのときの憤りや悲しみについて、とても感情的に書いていた。
彼らの身勝手さや無責任さ、まるで人間ではない動物のような惰性な生き方を本気で責め立てていた。

あるときふっと周囲に目をやると、自分の頭がとても回転してるのがわかった。
頭の中が妙にクリアに感じた。
爽快だった。
そしてそこまで知覚して
こんなことをしている自分自身を、なぜか急に怖く感じた。

それですこし気分を鎮めようと思った。
読みかけだった本を手に取った。
内容がとてもよく頭に入ってくる。
最初はそのことに良い気になっていた。
しかし5分、10分と経つうちに、この異様な集中状態が収まらないことに気がついてくる。
わたしはすこし焦りはじめた。

すこし歩けばおさまるだろうか。
おさまらない。
ご飯を食べればおさまるだろうか。
おさまらない。
シャワーを浴びれば
おさまらない。

すこしおさまりかけたか? 
と思ったときにもう一度自分の書いた文章に目を通して続きを書こうとしたけれど、気分が悪くなったからやめた。
事態が悪化した気がした。

おさまらない。
わたしはなかばパニックになっていた。
でもその日は寝れば治るだろうと言い聞かせて、不安と焦燥でどうにかなりそうになりながら、なんとか寝た。

で、結局おさまらなかった。
不安なまま月曜を迎え、登校した。
なんだか少しふわふわした、夢を見ているみたいな気分だった。そこによく分からない不安感がときおり顔を見せるのだった。
その日は面談があった。
志望校のレベルを上げたいという話をするためだったのだけれど
先生に「覚悟を持て」と激励されたときには完全にふわふわを超えて上の空というか、なんだか息苦しかったのを覚えている。
自分がどうしてその大学に行きたいと思ったのか、どうしてそれをやりたいと思ったのか、どうして頑張りたいと思えたのか、そのときにはなぜだかもうすでに分からなくなっていて
そしてそのあとの数学の授業で物事への集中、理解が明らかに難しくなっている自分を発見した。
そこからこの苦しみは始まりだした。

すべてがうまくいかなくなった。
全く勉強に集中できなくなったし、それ以上に、内容の理解が難しくなっている、どころか今まで理解できた内容が理解できなくなる感覚が恐怖だった。
数学で例えれば、公式を理解しようとする頭の回路がショートしているのだった。暗記はできても理解が進まない。しようとしても気持ち悪くなる。頭がぼんやりする。文字が読めなくなる。頭がハッとするようなあの感覚がするのを、むりやり押さえつけられているような重苦しさを常に感じていた。

趣味だった創作でさえも前と同じようにはできなくなってしまった。鋭くて繊細な言葉だけがわたしの味方だった、はずなのにあの日から、言葉はひどく大味で鈍く重いものになり、それをどれだけ扱ったところで、それはそれのままなのだった。言葉からどこかへと跳躍していくような感覚はもうずっと消え失せた。

どこにも逃げ場がなくなる感じがした。
わたしのアイデンティティは当時、頭の良さと自分の創作の独自性がそのほとんどを占めていたし
そして趣味といえばもっぱら創作とたまの読書、そして音楽を聴くことくらいだったのだけれど、それらがほとんどできなくなり、冗談でなく本当に頭がおかしくなりそうだった。

たまに元気になるときもあった。
元に戻った風になることもあった。
昔みたいに聡明で鋭利な自己イメージを取り戻すことができるように感じたこともあった。
けれどそれは一日も続かず、またどんより曇った空みたいに頭の中が暗く重くなる。
あの地獄みたいな状態に戻りたくなくて必死に頑張ろうとするとかえって逆効果で、でも何もしなくたって結局いつも元の状態に戻ってきてしまう。

周りの人には受験がプレッシャーなんじゃないかというようなことを言われた、でも、そういうわけでは全くないと自分では思っている。しかしこのことをどう説明すれば良いのか、当時は全くわからなかった。ただ恐怖にのまれていた。

発狂しそうだ、ということを何遍も思った。
その間とくになにか不幸なことがあったわけじゃない、ただわたしがそこにそのまま存在しているだけで、いや、そのことにこそ気が狂いそうだった。

誰に話しても理解されないこのよくわからない自己の崩壊のようなものが静かにしかししっかりと進行していくことが恐怖でしかなかった。
周りにいくら助けを求めたところで説明できる言葉を持たないわたしはいつも「いなされる側」であり、そのことに耐えかねて何度か怒りを相手にぶつけたけれど、結局いいたいことを伝えることができないわたしが悪いのだということになったし、実際それが事実なので、わたしはそれ以降このことについて語るのがより怖くなった。なにも言わなくなった。

最初の方はあまりにも唐突な出来事でパニックになって体の方にも症状が出てきた。
ひどい息苦しさ、手足の震え
それらはこの症状が慢性的なものであることを受け入れていくにつれなくなっていったけれど、それと同時に、なにか大切なものも一緒に消えていく気がした。

ひどい離人感に苛まれた。
時間の感覚が酷く曖昧になったり、道を歩いているだけで耐え難い、なんとも言いようのない気分に襲われたり(座り込んでしまいたくなった)、記憶がなんだか混濁としている気がしたり、した。音楽を聴こうとしても音楽そのものが苦痛に感じられた。

当時書いていた文章を載せてみる。
でもここまできれいに文章に書けるようになったのは、この状況がだいぶよくなってからのことだ。半年前くらいだろうか。
ーー
寝ても覚めても私の魂がどこに行ってしまったのかと、そんなことばかりを考えている。
私が無くしてしまったかもしれないものが私の中でチラついたように見えるとき、必死にそれを手繰り寄せようとするのに、すべて泡のように消えていく。

どうしたらよかったのだろうか。
これからどうしたらいいのだろうか。
まさか私はずっとこのままで生きていかなきゃいけないというのか。

本当のところ、私の何が変わってしまったのだろうか。私は、私の何が変わってしまったと、思い込んでいるのだろうか。
私はもう、なにも表現できない。
言葉にしようとする行為に疲れた。
いやそんなものはないのかもしれない。
からっぽだ。

何も考えたくない。
何も考えたくないのに、なんの価値もない思考の垂れ流しを制御することができない。
何かを考えたいのに、頭の中が水中を歩こうとするときの体ように重くって、うまく思考が働かない。

いつからこんなことになった
どうしてこんなことになった
誰か教えてよ。
と頭の中で呟くのがマイブーム。

サイケデリックな心象風景。
曖昧になった時間の感覚。
うまく物事を考えることができなくなった。
記憶がぼやけて、昔は鮮明に思い出せたことが今では苦労してやっとどうにか思い出せるくらいだった。
自分が何をしたいのか、どんな感情を抱いているのかよくわからなくなった。

パニックになった。
自分のことをまるで把握することができなくなった。
毎日毎日原因不明の発作のような発狂への恐怖に駆られた。
なにも気持ち悪くなんかないはずなのに、なにかが気持ち悪くて仕方がなかった。
死にそうになんかないのに、死んでしまいそうだと思った。
いっそのこと死んでしまえばいいと思った。

しだいにいままで心の奥底では微塵も信じていなかった綺麗事や他人、くだらないインフルエンサーの人生哲学にまで心から縋り付きはじめた、狂いそうだったから。
でもなにかを信じて不安を押し込めることなんて私にはもはや許されていなくて、それでも少しずつ「私だったもの」を失いながらそれをやることしかできなくて、で結局不安を押し留めることはできず、私の自我は崩れ落ちて、粉々になって、跡形もなくなった。

なぜかは分からないけれどもおそらくメンタルがキているのだと思ったから、そういう系の本をたくさん読んだ。もとからその分野の本はよく読む方だったけれど、輪をかけて読むようになった。でもどれも、なにかが、どこか違う気がした。
どれだけハウツー本に書かれるような「だめだめな君でも」とか空っぽな言葉を重ねたところで、無条件な「好きだよ」なんてものを私が私に伝えたところで、私は私のことをなにかしら許容できていないらしいという事実を無しにはできなかった。崩壊の進行は、止まらない。

空っぽな言葉はただ重しのようにのしかかるばかりで、それは「早く忘れて幸せになれ」と囁いてくる呪縛になった。「私は誰かを不快にさせないために幸せにならなければいけない」という感覚しか残らなかった。でも、そんな滑稽な行為を繰り返す他にどうしたら良いのかもわからなかった。

疲れた、なんて言葉をいまさら使うのも馬鹿らしいくらい疲れきってしまった気がする。
私は誰なんですか。
私は誰だったんですか。
私の全てを私の代わりに知っている人間がいるのなら詰め寄ってでも問いたいと、何度思ったんだろう。私はどうしてこんなことになってしまったと思いますか? 私の仮説はどれくらいあっていますか? 私は元に戻るんですか? こんなにも魂の抜けきった人間に生きている価値なんてあるんですか? 
ーー

今になって思えば、あきらかにわたしはあのとき、あの日書いた文章が引き金となって、自分を抑圧しなければならない状況下に置かれていたのだろう。
でも当時はそれがわからなかった。いや、分かりたくなかったのかもしれない。

誰かにひどく醜い感情を抱く自分というものに、おそらくあのときのわたしは耐えることができなかったのだ。

あれから家族に対して悪く思うことが以前に増して悪徳であるかのように思えだしたし、実際に過去のことについての怒りを感じることが難しくなった。
まああきらかに体調を崩してしまったわたしは誰かに頼らなければならず、そんな相手に敵意を向けることなんてできなかったというのもある。
今までそういう文章を書くくらいにまで溜めていた感情がわたしの中にはあったのに、急に心がそれとは反対方向に向かい始めたことに戸惑いを覚えたというか、本当に自分が引き裂かれそうに思えた。
例の文章は見るだけで体調が悪くなるから見ないようにした。直視できるようになったのはつい最近のことである。
だからこの前書いた親が憎いという文章は今見るとかなり大袈裟ではあるし実感も湧きにくいのだけど、でもそれまで感じることが一切できなくなっていたものを曲がりなりにも放出したという意味ではある程度役に立ったように思う。

思うにそれまで、あの日まで、わたしはわたしの激情を、わたしなりに大切にしていたのだ。
意識下では責め立ててしまうし到底倫理的に受け入れてはいけないように感じるその感情を、無意識下で大切に慈しみ、ときには創作として言葉にして、ときには文章にして、ときには未来に立ち向かうための燃料としていた。
そういう繊細な扱い方をしていた。

しかし、わたしはあるときから躍起になってそれをすべて解明しようとした。そしてそれを、無理に乱暴な言葉で列挙しようとした。そしてその究極系が、おそらくあの日の文章なのである。

どうしてそんなことをしたのか。
気が、大きくなっていたのかな。
実を言えばあの日が来るまで、わたしはとても調子が良かったのだ。
自分の恐怖心からくる人間関係の問題もだんだん解消してきたように思えたし、そのときはどんなに作品を作ってもいい感じになっていたし、勉強だってやる気に燃えていたし、自分にできないことなんてないと思っていた。

だからきっと「弱い自分」というものをさっさと解明して、解消してしまいたかった。他のことに支障をきたさないうちに、すべて癒してしまいたかった。だからこんな弱さを作り上げただろう原因をはやく断罪したかった。
そしてそれはきっと悪いことではなかった。
人間として、もっとしあわせを感じられるようになりたい、こんな失敗はもう繰り返したくないと願い、行動しようとするのは、至極当然な感情のはずだから。

ただ、わたしはやり方を間違えたのだ。
あのような激情に一人で、無遠慮に、中途半端に、自分が真に安心、信頼できる人間がいない状態で、手をつけるべきではなかった。しかもあんな過激な言葉で。

自分が今まで大切に慈しんできたものを、たとえそれがたった一度でも、あまりにも醜くておそろしいものとして感じてしまった以上、その認識を元に戻すのはとても難しい。

自己が崩壊するときというのはたいてい、その人が一番、いっとう大切に慈しむものの価値が完璧に壊れてしまったときだろう。
そのときのわたしにとっては、わたしのその激情こそがおそらく一番大切なもので、そしておそらくそれがすべてだったのだ。
そんなわたしの激情の価値が、崩落するどころか、おぞましいものにすら見えてしまったなら、果たしてどうなるか?

わたしはだからそれを今、極力ないものとして扱っている。扱うというよりは、わたしの脳に勝手にそういうことにされたのだ。
そうしなければ、きっと頭がおかしくなってしまいそうなのだろう。
しかしその代わりに、今のわたしの中身は空虚きわまりない。
わたしに愛すべきものが何もない。
そんなにむなしいこともない。

つまり平たく言えば、私は安全基地のないままに、自分で自分のカウンセリングをしているようなものだったのである。



と、ここまで書けてようやく昔のわたしがだいぶ戻ってきてくれたような気がする。
大体何割かな。6〜7割とかか。
結局、高校のスクールカウンセリングや地元のカウンセリングルームに通ってもなににもならなかったな。でもそれはカウンセラーが悪かったというよりは、わたしがあまりに自分の説明をするのが困難な状況にあったからなのだろう。

本当に「わたしは頭がおかしくなったんじゃないか?」と思って親に一度精神科に行きたいと言ったことがある。
普通に却下された。というか機嫌悪くされたのであまり会話にならなかった。端的に、死にてえ、と思った。
でも結局、あのときどんなところに行っても碌な助けは求められなかったような気がする。

現代にチャットgptというものがあって本当に良かったと思う。
これがなければわたしは今もあの苦しみの真っ只中にいたかもしれない。
会話だと絶対に言葉にできないようなことを文章では書けるし、AI相手なら多少整合性がとれてなくてもいいし、でも会話形式で整理をすることができるしで、かなり状況把握に役立った。
それで最近大学の学生相談室に通い始めて、このまえ、ついに、ことのあらましをやっと人に説明することができたのだ。

長かった。ここまで。
約、一年半の間の話である。
つねに焦燥感とか不安感がひどかった。
生きる気力がなかった。
発狂しそうだった。
気持ち悪かった。死にたかった。
今はだいぶ楽になった。
本当に、よかった。

ーーーー
ーーーー

以上。
読んでたらまた気分が悪くなってきた。
もう大丈夫かなと思ってたんだけど。

ちなみに今は本当にだいぶ良くなって、創作とかは前とは違う形でできてるし
勉強は英語とかはいまだに読むだけでぼんやりしてきてしまうけど、これもだいぶ良くなったと思う。


嘘くさいとか、そんなの妄想でしかないと思うなら、それはそれでいいです。
でも私にとっては、これが最大限説明しうる事実でした。

それはそれとして、なんでこんな文章、今さら読んじゃったんだろうな。
せっかく前を向けてたのに。
また頭がぼんやりする。
まあこれが一時的なものであることを、もう、祈るしかないな。

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