昔、仲良い友達がいた。
小学3年生の時、いつも一人で本を読んでた子。
何故だかは覚えてないんだけど、話しかけてしまった。
どこか僕と似ている雰囲気があって、人とは違う感性を持っているように見えた。
いつも明るくて、人前で話すのは苦手らしいけど、ちょっぴりズレたことを言って笑わせてくれる。
その子が言った言葉。
ある日別の友達、その子、僕の3人で話していた。
その別の友達が少し病んでる子で、「死にたいって思うんだよね」と、つぶやくように言った。
その時、君は、小さな声で言った。
「死にたいって言う人は、死なないんだよ」
普段はそんなこと言わなくて、ただ笑ってるだけだったけど。
その時、僕は小学6年生くらいで、よくわかっていなかった。
その言葉を聞いて、〇〇ちゃん、ひどいなあ、なんて思った。
そして、中学生になって、同じ中学校の君は学校に来なくなった。
特別大きなことがあったわけではない。
いきなり、だった。
でも、時々遊ぶときには、いつもの君で。
そして、数ヶ月前、あるサイトを見た。
「『死にたいって言う人は死なないんだよ』そう言う人も、何かを抱えている。」
切れた糸が合うみたいに、思い出した。
君は、つらかったのだろうか。
そういえば、君はつらいときすら、何も言わなかった。
そういえば、君は誰かに寄り添うこと、それが息を吸うみたいにできていた。
そういえば、君の腕には、薄い傷があった。
そして、僕は君が泣いたのも、怒ったのも、一度たりとて見たことがない。
君は、ずっとずっと我慢してたのかもしれない。
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ななしさん
小瓶を流してくれてありがとう。
概ね8年ほど前。今もあるかもしれないが。
よくあったのが、互いの誤解や相手への理不足。そこから生まれる思い込み決めつけの対立コミュニケーション。
「僕は死にたい気持ちがあるのに『「死にたいって言う人は、死なないんだよ』と言われて悲しかった」
もしくは
「死にたい気持ちがあるから『死にたい』って言ったのに、『じゃぁ、死なないね』って言い返してくる人は何?頭の中、お花畑なの?私の気持ちも知らないで!(怒り)」
人間同士で言葉を使うのに、会話不足の思い込みのままで、気持ちが通じ合わない現実。
これに加え、私の通院先の精神科医までが「苦手な人とは距離を置け」と推奨したり。そのような、精神科医の動画やブログが流れたり。
最近は?なのか、こむぎさんや私のように捉える人も増えたような気がする。
ヨシタケシンスケの「りんごかもしれない」の影響なのか、AIをよく使うようになったからなのか。私にとっては、それらの影響で物事の見方が、このお手紙のようになりました。
実は私、中学生の子を育て中の親。私自身も子どもに対して、思い込み決めつけの対立コミュニケーションをしておりました。
周りの親たちの発言を聞いていると、まだまだ親子間においても、思い込み決めつけの対立コミュニケーションをしていそうな方々もよく見かけます。
こむぎさんのお手紙が、思い込み決めつけの対立コミュニケーションから、人間らしい対話のコミュニケーションへシフトするきっかけの一つになりますように。
そんな私の願いを込めさせて頂きます。
お手紙を書いてくれて、どうもありがとう。
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