「どうだった。」
「合格でした。こういうの職員会議で共有されないんですか。」
「可愛くねえな。知ってるわ。」
やっぱり設楽先生は優しいな。
俺はオーディションに無事合格することができた。
これもひとえに、俺を支え続けてくれたみんなのおかげだと思う。
照れくさくて、直接言うのは憚られるけど。
「本番頑張れよ。じゃあな。」
ひらりと手を振りながら去ってゆく先生の背中は、これまでで一番かっこよく見えた。
「これか…。」
VRアイマスクを手に、ベットに寝転ぶ。
確かに普通のアイマスクよりは分厚いが、やはりVRゴーグルには見えない。
これが技術の進歩なんだな、と変に感動してしまう。
―アルビナに、ありがとうと言いたい。
合格発表が行われてから、真っ先に思ったことだった。
俺に多方面から気づきを与えてくれた、純真無垢な少女。彼女に、もう一度会いたい。
本当は、もう一度なんて訪れない。それが自然の摂理だ。
でも、本当に彼女がAIなら?
そんな淡い期待が、心の片隅で育まれてしまったのだ。
「アルビナ…。」
覚悟を決めた。
今日で駄目なら、もう諦める覚悟はできている。
すっとアイマスクをつけると、転送されるのを待った。
「瑠唯、起きて。」
優しい呼び声で目が覚めた。
「アルビナ。」
「久しぶりね、瑠唯。元気にしてた?」
気がつくと、目の前に青い目の少女がいた。
冴えない頭のまま体を起こし、アルビナを見つめる。
…なんだろう、デジャブを感じる。
ああ、アルビナは川での出来事を覚えていないんだ。いや、あれは俺の都合の良い夢だから当たり前か。
「…なんか、いつもより近くないか。」
「御名答!死んだ後なら、他者の鏡に入れるみたい。私もよくわからないんだけど。」
切なげに笑って答える姿を見ると、どうしようもなく胸が痛んでくる。
と同時に、父さんからの話とのズレが引っかかる。
「なあ、アルビナ。父さんから聞いた話なんだけど…。」
「つまり、私は存在しないっていう言い分ね。」
「ああ。本人に聞くものでも無いかと思ったけど、どうしても気になって。」
久々に会えたというのに、こんなことを聞いてしまうのが申し訳なく感じた。
「そうね。私が死ぬ前、喧嘩したことあったじゃない。」
「…ごめん。あの時、酷いこと言った。」
「良いのよ。昔の日本は『喧嘩両成敗』だったって言うじゃない。」
御成敗式目なんてよく知ってるな、と感心しつつ、続きに耳を傾ける。
「AIだったら、あんなに感情をむき出すこと、無いと思わない?」
「うーん…。今はチャットGPTとかもあるし、プログラムの組み方によってはできるだろうな。」
「やっぱりそこは日本人のほうが詳しいわね。」
うーん、と唸りながら考えるアルビナ。それを見ると、何処か諦めがついた気がした。
きっと、アルビナはAIなんだろう。そっちの方がまだ科学的だ。
これはいくらやっても水掛け論になるだけだ。だったら俺は、自分からケリを付ける。
「俺、もういいよ。アルビナがAIなのはショックだけど、それでも大切な人なのには変わりないし。」
すると、アルビナはくすりと笑う。
「なんだよ。」
「大切なんて、面と向かっていってもらえて嬉しいわ。瑠唯が素直になってくれるなら、私も死んでよかったかもね。」
「うるさい。俺も大切なんて恥ずかしかったんだよ。あと、冗談でも死んでよかったとか言うな。」
冗談じゃないのと笑いながら、アルビナは指を立てた。
「分かったわ。じゃあ、アルビナは私がどっちであってほしい?AIか、生身の人間か。」
それを聞いて、しばし悩む。
アルビナが生身の人間であると認めてしまえば、俺はアルビナの死を真っ向から受け止めなければならない。
でも、俺はアルビナとの出会いで変わることができた。
…俺は。
「俺は、アルビナが人間であってほしい。」
まっすぐに目を見る。
「ふふ、私も自分がAIなんて信じたくないわ。ねえ瑠唯、手を出して。」
少し疑問に思いながら、右の手のひらを差し出す。
と、アルビナは俺の手に何かを書き始めた。
「目が覚めたら見てみて。」
優しく微笑むアルビナの姿が、どんどんぼやけて見えなくなっていく。
気がつけば夢から醒め、誰も居ない自分の部屋に寝ていた。
寝相が悪かったのか、アイマスクは外れてベットから落ちていた。
これで証明された。さっき見たのは夢幻なんだ。
朝から心が沈んでしまってはいけない。シャキッとしなければ。
さっとカーテンを開け、大きく伸びをする。
と、自分の手に何か書いてあるのが見えた。
「なんだこれ?」
『また会いましょう。アルビナより。』
この際、何で日本語が書けるのかなんて話はどうでもいい。
アルビナは、生きているんだ。
壁に手を付き、頬を伝う涙を拭う。
「瑠唯ー!起きなさーい!」
下から、母さんの呼ぶ声が聞こえる。
「今行くー!」
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