前よりもスムーズにお返事の文面が書けるようになったけれど、本当に小瓶主様に寄り添おうとしているのか不安になってしまう。
昔は小瓶主様を傷つけないよう傷つけないよう、丁寧に3時間くらいかけて文章を綴ってた。
まあそれも小瓶主様に嫌われたくなかったからっていう利己的な理由だったのだけども。
けれど小瓶主に寄り添いたい、少しでも気持ちが楽になって欲しい、と願う気持ちがあった。
今だってその気持ちがない訳じゃないけれど、何だか嘘くさい。
恐ろしいことに、最近書いたお返事を見返してみると文面がテンプレート化しているのだ。
小瓶主様は小瓶の数ほど居て、その方々の経験や考え方を一括りにできるはずがない。
だから伝えたいことは変わらなくても、その小瓶主様によって効果的な伝え方は変わるはず。
なのに私のお返事達は双子や三つ子かと思うほどよく似ている。
これは本当に一人一人の小瓶主様に寄り添えていると言えるのか?
私の言葉はちゃんと届いているのだろうか?
そもそも私の言葉なんて存在するのだろうか?
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テンプレ化するのは仕方のないこと。
私も同じ様に悩んでた時期がありました。
小瓶主に寄り添っているのか、
それとも小瓶主に寄り添おうとしてる自分に酔っているのか、なんて考えたりもしました。
きっと無意識に小瓶も選別しています。
そんな風に考えるようにすらなりました。
自分の言葉が相手に届いているかと考え始めたら底無し沼にはまっていきます。
個人の事情は人それぞれなのに、慰めや励ましとかがテンプレになるのは何とも言えないもどかしさを感じます。
ななしさん
寄り添うつもりでお返事を書くことしか出来なくて、寄り添ってもらえたと感じるかどうかは小瓶主様任せ。
私が小瓶主の場合は、お返事はメニューだと思っていて、なるほどと思ったり、私の考えとはかけ離れているなぁと感じる文面があったり、ただただ感謝だったり、色々です。
小瓶主さんの「小瓶主に寄り添いたい、少しでも気持ちが楽になって欲しい、と願う気持ち」、どうもありがとう。
その気持ちがこの世に存在するだけで尊いと思います。
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