3年も掛けて何してんだろ俺。
なにから手をつけて良いか分からない。
時間が無い。辛い。
この鳥頭がなんにも覚えてくれぬ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
心がいっぱいいっぱいだと頑張れません。とにかく息抜きをしましょう。
と書きましたが、それだけで終わらせるのは無責任な気もしましたので続けます。ただ、どのように感じられるかは人それぞれですし、不愉快だと思ったらお手数ですが消して頂きたいです。
私は大学を4年遅れで卒業しています。恥ずかしながら、身の程もわきまえずに東大を目指し続け、箸にも棒にもかからないまま東大はおろか地方国立大にも及ばないような某私大を卒業。現在は小売業で末端社員をやってます。我ながらあきれるしかない人生だと思いますし、人様に笑われても『そりゃそうだよな』としか思えません。親も私の居ないところで泣いていることでしょう。
私の職場では大卒はおろか短大や専門、高卒の方もいらっしゃいますし、逆に有名私大や国公立大を卒業している方もいらっしゃいます。学歴はあるに越したことはないのかもしれませんが、活躍している人達を見ると、まず第一に『人に対してオープンである』『対人能力が高いというか、感じがいい』というのがありました。私にはない能力です。しかし、職業柄、あくまで相手は人であり、ビジネススキルや学歴において有能か無能かよりも『接しやすいか』が重要なのは間違いないです。
よくよく考えてみれば、仕事やチャンスを与えてくれるのは肩書きや役割そのものではなく、あくまで人です。勤めている会社や住んでる場所、卒業した大学がある程度までは勝ち組の保証をしてくれるのは事実ですが、最後は『自分は人としてどうなのか』で決まってしまいます。そこに問題があると幸せな人生は遠のいてしまうし、逆にその部分がしっかりしていればある程度の幸せ(上級国民しか住めないタワマンから下層民を見下したりといったレベルの幸せは別として)は得られてしまうもののようです。こう書くと、人に愛されたり慕われたりするような人でなければ負け組だ、という風に捉えられてしまうかもしれませんが、そういうつもりで書いてるわけではありません。文章力が低くて申し訳ない。
私は浪人生時代、とにかく人との接触が少なかったです。高校時代の同級生への引け目もありましたが、浪人中は家族以外の人間とまともに会話した記憶がほとんどありませんでした。そして、自分の中でそれを特別おかしいことだとは思っていませんでした。まるで自分を少年漫画に出てくる『何年も山籠りをしてレベルアップして、降りてきたら回りの人間が腰を抜かすほどの成長を遂げているキャラ』のようなものだと妄想しながら暮らしていました。実際は、そういう風に思い込むことで他者から逃げていただけなんですけどね。
だからこそ、人と関われる機会は、たとえ浪人中でもある程度保っておけるといいのかなと思います。豊かな人生は、何だかんだで人との関わりの中から得られるものだと思いますので。
アラフォーぼっちおじさんより
【追伸】
主さんは弁護士を目指されていて、早稲田を志望されているとの事ですね。
そして、その根底にはやはり社会的地位への渇望もある一方で、人の役に立ちたいという意思もあることを過去の投稿から確認させて頂きました。
これは私の勝手な意見の押し付けであり、当然無視していただいて構わないものですが、もし少しでもご興味があれば、社会福祉関連の大学や学部・学科をご検討されてはいかがでしょうか。
具体的には日本社会事業大学、神奈川県立保健福祉大学、埼玉県立大学、あとはMARCHの一部の学部や、高崎経済大学や都留文科大学などの公立大学でも関連する分野があった筈です。
これらの大学の卒業生の方が同じ職場にいますが、対人スキルは勿論、経営や人事に関する能力も(私からすれば)目を見張るものがあります。そして何より、ベースとなるモノの考え方が私なんかとは異なっており、それがうまくやっているコツのように感じられます。
もしかしたら、大学受験の現代文の問題などで『正義の倫理とケアの倫理』という話を聞いたことがおありかもしれません。
正義の倫理は、善と悪、勤勉な者と怠惰な者、賢い者と愚かな者を厳しく区別し、前者を称えて後者を責める、いわゆる男性優位社会のモノの考え方である。
それに対してケアの倫理は、フェミニズムの流れから派生した考え方であり、これからの共生社会において重要となるモノの考え方である。男たちは仕事や経済的優位性を理由にケアを女に押し付けてきたが、そもそも論として『ケアする・ケアされる』関係から自由でいられる人間などいないのだとか、そんな考えだった記憶があります。正義の倫理で悪とみなされたものに対しても寛容をもって接するとか、確かそんな感じです。
先ほど挙げたような学校で学んできた方は、そういう考えがバックボーンにあるように感じられますし、それがもしかしたらこれから先の時代における強みになるのかもしれないと、あまり優秀ではないおじさんは考えた次第です。
ななしさん
10年以上かけて結構努力したように思いますが結局何も変わらなかったです。その経験から言える事ですが、それもそのはずかもです。
目的とやってる事が違うんですから。
仕事探しが目的なのに、資格勉強なんてしても関係ないですね。働く事が目的なのに、資格勉強しても関係ないです。応募して始めて進んで行くんだと気づきます。
物語のように自然ときっかけがあって始まる訳でもないです。
自らがその目的に動いた時に始めて進んで行く。
事を余裕がなくなって痛感します。 進歩がないとしたらやってる事がきっと関係ない事なのかもです。時間に流されて行く気持ちよく分かります。
それは多分、主さんが毎日同じように過ごしてるからだと思います。もし結果がなければ、思いきって今やってる事を全部変える事でしょうね。
それはしんどいですし、不安にもなりますが、でも、主さんが目指す場所ってそこなんだと思います。
おそらく、同じ生活を続けてたら僕のように何も変わらず生きる事になるでしょう。勉強を膨大な時間やりましたが、やはり能力の上での努力は否定できなかったです。
だからそこに時間を割いても、結局苦労しか残らず、頭は10年前と比べてちょっと良いかなと思う何かしか残らなかったです。現実老いますから昔の方が良いでしょう。
やっぱ結果をだすには、方向性って重要ですね。分かってると思いますが、全部はできないですから、その為の目標を絞らないと、有限の時間で全てを達成するのは絶対不可能ですね。
同じ事やっても、同じ結果しか出ないはずですから、大きく変えない限り別の結果ってありえないと思います。若い人だとまだそこには辿りつかないと思いますが、時間かけて努力してようやく結論に至ると思います。
ななしさん
リフレッシュできていますか?
おそらく心からのリフレッシュを数年できていないのでは無いでしょうか?
プレッシャーもたくさん掛かっていると思いますが、
2泊3日で旅行へ行くなど現実から少し離れることをした方がいいですよ。
大丈夫です、若い頃の3年間は取り戻せます。
社会人になって学校に通い直す人もいれば、留年する人もいます。
貴方の貴重な3年は十分頑張っていると思いますよ。
息抜きできる場所ってお持ちですか?
「息抜きしておいで」とご家族から配慮があれば良いのですが、無い場合は自分で作る事をお勧めします。
勉強してくると言って隠れ蓑になりそうな場所。
例えば、祖父母の家、図書館など。
まずは、勉強よりリフレッシュかなと思いました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください