愛するということ。
これはきっと世界て共通して一番難しいことなのだと思う。
聖書の言葉に「隣人を愛しなさい。自分と同じように。」
というような言葉があるけれど、
自分が自分を愛せていなかったら、
人のことなんて愛してられないよね。
そもそも愛なんて不明確な日本語の代表と言ってもいいくらいだし、英語に訳してもlikeなのかloveなのかはきっと議論が起こると思います。
まぁ実際、私はいまいちわからないから。
愛なんてよくわからないし。
推しの子のアイが言ってた、嘘はとびきりの愛ってのは
全然嘘じゃないと思う。
ていうか、本心から愛してるなんてなかなか難しいこと。
ただ愛してるまではいかなくても、
自分の外見、中身を愛したかったし
とことん、人を友達を愛したかったけど、
愛するまではいかないし
そこまでじゃない、という気持ちになるのです。
愛するということ。
数えられず、目に見えず、形も定まっていないもの。
いつか人を心から愛せるように…
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ななしさん
私も愛について何かはよくわからないです。
でもマザー・テレサの言う「愛の反対は憎しみではなく無関心なのです」という言葉からすると、愛というのは「人に何らかの関心があること」だといます。
例えば純愛は「ある人にポジティブな関心を抱くこと」という大衆が描く理想的な愛です。
しかし、歪んだ愛は「ある人へのポジティブな関心がねじ曲がり、ネガティブな関心に変わったもの」という、いわゆる執着愛や依存愛です。
もっというと、関心を抱くことがたとえ憎しみでもそれは「その人に関心を抱く」時点で愛です。
愛とは本当に難しいものですし、自分が本当の意味で、今一緒にいる人を愛しているのかは誰にもわかりません。
でもその人を認識し、「誰だろう」「どんな人だろう」と思った時点でそれは関心を抱いた、つまり愛が芽生えた、とも言えるのかもしれません。
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