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保育士の身内に言われた。愛着障害では?初めての概念。自分がどこかおかしいとは思っていたけど。ここまで母親にがんじがらめにされた人生

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保育士の身内に言われた。

愛着障害では?


初めての概念。
自分がどこかおかしいとは思っていたけど。

ここまで母親にがんじがらめにされた人生。

縁を切ったのに、しつこく追いかけてくる母親。

あの人が腹立ちと共に私を思い出す度に送ってくる手紙は全て読まずに破り捨ててきた。

何が書いてあるかだなんて、読む前から分かってしまうから。

自分の気持だけ。
はじめから終わりまで。
私はこんなにあんたのことを思っているのに。。。(このあとに続くのは私をなじる言葉)
親に対してそういう態度を取り続けるとは。。。(こうしてやる、ああしてやると、私を脅す言葉)

どこにも私を思いやる、理解を示す言葉はない。

昔からそう。

私はかつての私と同じ年頃の幼い子供たちと、その、母親を街で見かけると、
幼い子への愛おしさが胸に溢れてくる。

小さな体、細い腕に足、まだまだ柔らかそうな骨組み。

なのにしっかり自分の言葉で喋る。
しっかりその子らしさをもっている。

ああ、この子達に宿っている魂は本当にどこから来るのだろう?

とてもとても不思議になり、さらに愛おしい気持ちが湧いてくる。

唯一無二。

誰のものでもない。
母親のものでも。

その子達の母親が、突然なにかに怒り出して「何でそういう事するの?なんで?!ねぇ、なんでよっ!」と怒鳴りだす時、いつも祈るような気持ちで思う。、

「お願い!あなたの子供の顔を見て!反抗してるんじゃないの!愛されていると、疑ってすらいなかったのに、今、攻撃してくるあなたの姿に混乱しているの。人混みの中で恥ずかしいの!大好きなママがみっともない姿をさらしていることが。どうかお願い!あなたの今一時のいらだちのために、この子が将来辛い人生を歩むかもしれないのだから!どうかお願い!傷を作らないで!」



私は母親の所有物だった。
可愛がる時は可愛がり、
自分の狭い小さな常識から私がはみだすことをすると急変して怒り狂って叩いたり、ひどい言葉を浴びせてきた。

成長する時期に、ああいうひどい言葉を叩きつけられると、脳が傷つくと聞いたことがある。

たしかに、と思う。

私は自己肯定感を育めないまま育った。

母を憎みながらも母から離れられなかった。
何をするにも母中心に考えていた。

友達と出かけても、母が経験していないことを楽しむ自分には罪悪感が常につきまとった。

だからもう無理やり母から自分を引き剥がすしか無かったんだ。

その後は平和を取り戻し、私は少しずつ自分がどういう人間かを知り始め、肯定感を育てていった。

平和なピークで幸せを感じている時、私がものすごく落ち込んでいる時に限って母から分厚い手紙が来たりする。

もう勘弁してくれ。

もう死んでほしい。

そんな言葉しか出てこない。

母から来た手紙を兄弟に見てもらうために訪ねた帰り。
(兄弟たちは私が大げさだと思っている。だから現実を知ってもらいたくて)

電車の中で色んなことを思い出していた。

愛着障害かぁ。

ふとある光景が蘇ってきた。
幼い頃、私だけ両親と同じ部屋で眠っていたのだけど。
真夜中(と、思ったけど早く寝かされていたからまだ、9時頃だったのかもしれない)、母のわめく声で目が覚めた。
外出の時の白いスーツを着て、タンスから荷物や、バッグを出しながら「出ていくからねっ!」と。
布団に潜って息を殺す私の位置からは父の姿は見えなかったけど、何か言ってる声は聞こえた。
そのたびごとに、母がますます感情的になる。

私は怯えていた。
ママが出ていっちゃう!
どうしたらいい?どうしよう!
怯えて震えながら布団に潜って汗と涙でびっしょり濡れながら、ママ、お願い!出て行かないで!
と声を押し殺して祈り続けていた。
いつしか眠ってしまい気づけば朝。

ママはいつものように朝ご飯の支度をしている。

ママ、出ていくって言ってなかった?と問えば、冷たく「あんた、寝ぼけたんでしょ」と。

後年、何があったか認めたけど、私がそれほどに怯えていたことには一言もなく、自分の気持ばかりを語られた。

あの時、なぜあんなに怯えたのか。
なぜ未だに鮮明に記憶しているのか。

ハッとした。涙が溢れてきた。

日頃、私は母にべったりだった。母も機嫌の良い時は私を甘やかした。
だから、だ。

大事な娘よ、と甘やかしていながら、出ていく!と怒鳴っていた母は、私のことなど一つも気にかけていなかったからだ。
私を置いていく勢いだった。

あの時に大きな不安が生まれたのかもしれない。

ママに捨てられる。

私は母から、憎んでも嫌っても離れられなかった。

私が捨てられたくなかったから。

電車の中で涙が流れそうになって困った。

それほどに母が好きだったのだ、と。

兄弟にも言った。

早く死んでほしい、と。

初めて口に出した。

最後の時、冷たく動かなくなった年老いたママ。。。

幼い頃に抱き上げられた時の母の匂いを思い出した。

甘えたかっただけだ。甘えるのを許してほしかっただけだ。
私が傷ついた時に一言、ごめんね、といってほしかっただけだ。
あんたは、誰よりも良い子だといってほしかった。他のこと比べるのでなく。
捻くれ者、欠陥品と言われる代わりに。

自分の気持ちばかり聞かせて、あなたは、何一つ私の立場を理解しようとしなかった。
いつだって私はひねくれたできの悪い娘でしか無かった。

いつだって悪いのはすべて私で、あなたが、正しかった。

もうおしまい。

あなたの私の可愛がり方は、身勝手な飼い主が犬猫を可愛がるのと全く同じ。

実際あなたはそういう飼い主でもあった。
私が嫉妬するくらいベタベタ可愛がりながら、自分が困ることをすると猫を叩いた。

猫の習性すら学ぼうとせず。

もう、おしまい。

私はあなたの犠牲者。

生まれた時から何かが間違ったまま。

私は私に関してだけは必死で建て直していく。

あなたはもう変わらない。変われない。
なぜなら、全てを私のせいにし続けている。

自分以外の誰かのせいにする限り、人は変われない。

家族の誰もがみんな気づいてる。
だからあなたを誰も大切に思っていない。

それでも母の日にお祝いたりするのは、後から泣き言を聞かされるのが面倒くさいから。何もしなかったことで罪悪感を負いたくないから。

愛情を感じない相手にもそれくらいの労力を払おうとする優しい子どもたちなんだってこと、分かってない。

いつでも、そこにいない誰かのぐちの悪口ばかり。
その代わりにどうして「あの時はごめんね」「忙しいのに来てくれてありがとうね」と言えないの?

あなたはずっと「あの時は本当に具合悪かったから」とか自分の都合ばかり話していた、と聞いたわ。。
相手は「だから気持ちに余裕がなかったの。ごめんね、大変な時に世話してくれてありがとう。」という謝罪と感謝が続くのかと思ったら、やっぱり自分の気持ちをいい続けるだけでがっかりした、と言っていた。

気の毒に。
かわいそうな人。

もう、私の人生に関わってこないで。

名前のない小瓶
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名前のない小瓶

いつだって母は自分が可愛い。
私と境遇が似ていてすごく共感しました。
母親と縁を切る決断…
これからは貴方のための人生を過ごしてください。

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