どうも。チューバーです。
今回は少し重い話です。閲覧注意。
最近自分は死んでしまった友が頭から離れず、気づいたら涙を流してることが多くあります。
死んでしまった友の小瓶は3つほどあるので見てみてください。
題名
①「僕の友達が…」
②「どうしてだよ…」
③「もう今は亡き友達の話 」 です。
話を戻します。
大親友が亡くなって大体4ヶ月。
そういえば、この時期に一緒にイオン行ったなぁとか文房具屋行ったなぁとか。
本当に思い出が蘇ってきています。
なんでよりによって死んでしまったのかな。
正直いまだに信じることができません。
こんなの嘘だ、夢だ、って思い続けています。
何をしていても本当に色々蘇ってきてしまい大変です。
思い出すたびに涙が止まらなくなり…
この小瓶を書いている今も涙が溢れてます。
学校に行くと絶対「よお!」というの挨拶?を聞いていたのですがもう4ヶ月聞いてません。
学校(PTA)から配られた広報的なものでは、まだ生きていた頃の写真があり、本当に無言で見つめることしかできませんでした。
我に帰った時には30分以上経ってました。
顔や、手はビチョビチョでした。
「早いなあ30分は」と思いました。
「というよりもう4ヶ月経つのか」ととも同時に考えました。
何が言いたいかって言うと本当にショックという言葉しか出ない気持ちです。
誰かお願いします。
なんとか死を信じる方法を教えてください。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
吹奏楽部のチューバ吹き
mzkさんへ
お返事ありがとうございます。
そうですね、少しずつ受け入れていけば問題ないですよね。
自分が流した涙はいつか花を咲かせますよね。
そう言っていただけて安心しました。
(前に流した小瓶では〇〇くんと表記しましたが、ここでは「O君」と表記させて頂きます。)
O君は今頃、何をしているのかな…
天国で楽しく過ごしてるかな。
ななしさん
亡くなった友達に対する想いが強かったり、記憶が鮮やかに残っていたりするなら、なかなか「死」という概念には馴染めないと思う。
悲しみも記憶も、大切な友人が残してくれた「生きた証」だと思えるようになった時に、「逝ってしまったのだ」と心から納得できる。
その時がいつか来る。
だから、今は急いで何とかしようとしたりしないでいい。
友達を悼む気持ちを、無理に閉じ込めなくていい。
mzk
俺もですね、チューバーさんほどではありませんが、人の死というものを、信じることができませんでした。
姉の友人(ここではJ君と表記しますね)が、俺が小学3年生くらいの頃に、病気で亡くなりました。
とても仲の良い人というわけでも、直接的な友人でもありません。
たまに遊ぶくらいの関係でした。
8月3日、夏休み真っ盛りの時。
J君の母から連絡が入り、永眠しましたと。
当時はあまり死というものを理解出来ませんでしたし、またひょっこり出てくるのではないかと思っていました。
本当に死んだんだと、ちゃんと理解できたのは小学校5年生の時。
これぐらいの、近くもない間柄の人が亡くなっても、理解できたのは2年後です。
そんな直ぐに死を受け止められないですよ。
ましてや、チューバーさんは、亡くなられたのが親友、4ヶ月前。
俺だったら絶対に無理です。
ご飯も喉を通りません。
想像するだけで辛い。
だから、無理に信じようとしなくても大丈夫ですよ。
少しづつ、受け入れていきましょう。
それだけで、痛いほど十分です。
俺は少なくとも、そうだと思います。
チューバーさんが流したその涙は、いつかの花を育てます。
その花を、どうか亡くなられた彼に捧げてあげてください。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください