親にはメンタルが弱るという状況が理解できないと前に親自身が公言していたため相談できず、親しい友人にも構ってちゃんに思われるのが嫌で相談できなかったため今回こうして小瓶を流させてもらうことにしました。
私は第一志望の高校不合格の通達をみてから、1ヶ月たった今でも日常生活でその時の光景がふとしたときに頭によぎり、涙が止まらなくなります。
もともとは涙脆い方ではありませんでした。泣くことなんて年に一回あるかないか、それくらいでした。
しかも、その光景だけに反応するではなく、他にも通っていた塾の近くを通り過ぎるや受験当日でできなかった問題をみたとき、あるいは公立学校に通う友達と話し終わったときなども涙が出てしまいます。
自分ではどうもできないのですが、ふとしたことで泣いてしまう自分に嫌気がさしています。
私は今滑り止めの私立高校に通っています。
滑り止めで受けたら100%受かる、という高校に行くために私はこの三年間頑張ったのかと思うと打ちひしがれたような気持ちに登校するたびになってしまいます。また公立より私立の方が学費も高く、また中学校のときは三年間塾に通わせてもらっていたので、お金を浪費させてしまっているという親への罪悪感も強く感じています。
しかし進学した高校は自称進ではあるものの評判は校則が厳しい以外に悪くなく、その校則も実際はあまり守られておらず、先生に黙認されているという状況で悪い高校ではありません。
私はこの自称進で課題も多いその学校で青春を捨て勉強し大学受験で取り戻そうと思っていました。
しかし、この高校を第一志望で受けた人たちとの温度差や学力差、やる気の差を感じ、受験期にいわれた塾の先生の「第一志望の高校はみんな同じく頑張って入った人が集まるからきっと楽しくなるよ」という言葉の反対の状況がこれか、となってしまいます。段々と自分のやりたいこともわからなくなっていき、気力もなくなっていきました。
けれど滑り止めの高校として有名であるため他にも第一志望落ちは多いです。しかしそういった人たちは私と同じように静かに過ごしており、そうなると第一の人たちの声ばかりが大きく、耳障りに感じてしまいます。またそういうふうに感じる自分が本当に嫌でたまりません。
第一の人たちには良い人でその上クラスの雰囲気を明るくしている、というのを頭では理解できるのですが、どうしても受けつけられません。
こうしたちょっとしたことも受け入れられない自分のやることなすことが気に食わず、また他人の行動を気にしやすくなりそのせいで落ち込んだり消えたくなったりすることが多くなりました。
死にたいというよりもこの状況を終わりにしたいという思いが強いです。死ぬのは怖いです。何回か首にネクタイやコードを巻き付けたりしてみましたが、自殺はする勇気はまだありません。
また高校受験失敗で直接人生は終わらないとはいえ、失敗により自分が進んでいく道の先が一気に見えなくなった気がして明日を迎えるのが怖いです。
何か解決策はあるのでしょうか、1ヶ月経った今でも当時と同じくらい絶望と悲しみを感じ続けているため時間が解決してくれるような気はしません。
私はどうすべきなのでしょうか。
ここまで拙く醜い文章を最後まで読んでくださりありがとうございました。
もしよろしければ意見などをいただけると幸いです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
|悲しみ|=注いだ熱量
悲しみを絶対値にしたら、注いだ熱量。
注いだ熱量≠第一志望
よって落ち込む。
だけど、
|悲しみ|=注いだ熱量だから。
注いだ熱量、こんなにあったんだな。と、思って。
負の感情があって当然なんだけど、
負の感情が湧き上がっている時間を、
できるだけ他の感情に置き換えた方が、よりましになると思います。
おそらくだけど、塾の先生はやる気を起こさせる言葉をかけるのもお仕事。
言葉が刺さって前は頑張れたとしても、
言葉に囚われて今は心が晴れないのなら、もう言葉を手放したら。
自分に甘い言葉ばかりかけるのもおすすめできないけれど、心も晴れて自分を律することができる様な言葉を探したらいいと思います。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください