趣味で山に入るのってエゴじゃないかと思うのですがどう思いますか。批判ではないです。意見を下さい。
私は山に近づきません。なぜなら山の中に家があるわけでも猟師でもないのです。山で取れた食べ物を売る商売もしてないので山に関わる必要性がないからです。そこに住むクマなど動物は縄張りに人間が入ってくれば警戒すると思います。私が食べる目的でない釣りをやらないのもそうです。
考えてみればエゴかもというだけの話です。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
動物の生活域と人間の生活域が重なってしまうから、どうしても軋轢が生じますよね。
エゴかどうかは分かりませんが、”趣味の”つもりで山に入るのだけはやめたほうがいいとは思います。
一部の人間にとって”趣味の”場所でも、動物にとっては命がけで生きる場所ですから。
私も山には近づきません。
ななしさん
ある視点から見れば、エゴだと思う
悲しくなるような関わり方をしてる人達に限っては
でも人間が全く森に入らなくなり、森と人が今よりもっと完全に分断されてしまうのも、それはそれで恐ろしい事な気がする
今よりもっと、クマや野生動物の存在や気持ちが理解できなくなってしまう気がする
森や自然との関わりが多い人って
「そういう空気」をまとってる気がする
その人達が街に存在することで、
何もせずとも「人と自然の繋ぎ役」のような役割を果たしてる気がする
北海道では、熊と人間が共存している地域もあるらしい
(漁師さんの後ろを熊がトコトコとあるいてるのが日常というような、日本のあちこちでも似たような状況になりつつある気もするけど…)
綺麗事かもしれないけど、お互いが「侵入者」でなく「同居者」と認識し、人間側が敬意を忘れずマナーを守りそれなりの関わりかたをすれば、自然はそれに応えてくれる気もする
そもそも、人間も自然の一部分だということも、忘れちゃいけないと思う
それを忘れないために、自然に関わる趣味があるし必要なのだと思うけど、
食べない釣りは、私も嫌い
すべては、人間が自然に敬意を持つことしかないかなと思う
そのために、趣味的な自然との関わりを完全に断つのは本末転倒な気がするので、
自然との関わり方やマナー、心構えを、義務教育などで人類全体がしっかり学べたら良いなと思う
ななしさん
登山が趣味の人は多いですね。
辛い道のりを経て頂上に到達する事に喜びを感じるらしいですよ。そこでしか見れない美しい景色をみたりする事に喜びを感じるそうです。
私はそれは別にエゴではないと思いますよ。
そもそも、何をもってエゴというか、だと思います。
登山をエゴとするなら、サーフィンだってエゴだし、家でゲームする事も無駄に電気を使うって事でエゴでしょう。食べる為の釣りだって、見方によってはエゴとも言えます。(魚が可哀想、野菜食えばいいじゃん的な見方もできますからね)
趣味は他の人の迷惑にならないようにすれば、エゴではないと思いますよ。
全ては自分と外界とのバランスをきちんと取れれば問題ないでしょう。
山に入っても出来るだけ準備して、遭難とかしないようにしていればエゴではないと思います。
Tシャツ短パンサンダルで富士山に登ろうとする山を舐めた輩はエゴ以外の何者でもないとは思いますけどね。
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