いや、なんだか違うか。
わたしは幾度となく、言葉を間違っている気がする。
言葉足らずなとき。喋り過ぎているとき。
何度も後悔や反省をする。
同じくらい、後悔や反省をしないこともある。
なんでも半々。自信の有無も、自身に対する好悪も。
自分が何より嫌いだから、他人を嫌いになりづらい。
自分が何より好きだから、他人を好きになりづらい。
相も変わらず、他人の相手よりも自分の相手が忙しくて、目や耳や両手など……いろんなところが塞がれているみたい。猫の手借りたいのに、猫を見つける作業をすることができないんだ。
なでなで。よしよし。
違うよ。ぼくはものすごく暇で、猫を撫でる時間があるよ。
本当だろうか?
なんだ? わからなくなってきた。
息ができないんだ。
どんな『自分』でも。『自分』である限り。
息がしやすくなることはないだろう。
囚われている。
どんなに楽をしてようと。
どんなに悩みもがいてそこを抜け出そうと。
今の『自分』と分かたれることはない。
他人や私が肯定するのは、その『自分』だ。
他人や私が否定するのは、その『自分』だ。
何も思わない、思われないのも『自分』なんです。
呼吸の苦しみは変わらない。
これは比喩である。感覚の話だ。
幻想や、妄想の類かも。
だから。きっと。
拙いながら、落ち着く呼吸をできているときもあるはずなんだ。か細くて、自ら気付かないくらいの。
そりゃそうだよ。苦しいときのほうが『苦しい!!』って叫ぶの。ぼくの体が、ぼくを守ろうとして。
逆に、安全なときは安心して、知らせてはくれないのよ。『いまあなたはしあわせだ』っていうのをね。
……まあ時に、人はその安全装置をバグらせるから、注意しなければならないけど。主に周りが。
なんだか納得いかないまま、終焉を迎える人生を。
そんな『自分』を『好き/嫌い』でありたい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
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