両親は亡くなった。
父は10年前に突然死。会社でパワハラを受けて鬱を発症。23時に帰ってきて眠剤飲んで5時には出ていく生活。母と私を食わせるために、家のローン返すために。必死で働いてた。
当時仕事で夜家を開けていた私に、朝掛かってきた母からの一本の電話。一言一句忘れない。
母は泣きじゃくる毎日。それでもおととしくらいからやっと笑い、新しい趣味に挑戦しだしてた。逆に私が、逸れまでと違う、ブルーカラーの会社に馴染めず転職を繰り返し、その先でパワハラを受け、最後の会社では明確な理由なく、文書や通知もなく、年末に解雇された。
母は、その直前の秋に、亡くなった。趣味のツーリング中の、単独事故。なぜ事故が起きたのは不明。即死だったそうだ。
辛くて辛くて辛くて辛くて、行政が展開する、自殺予防系の電話にかけたら、「ここでは話を聞くだけ」「死にたいなら止めないけど」「どうやって死にたい?」と聞かれた。助ける気ないだろお前ら。話しなきゃよかったと後悔した。
それから鬱がひどくなり、精神科からだされる薬を飲んでいたがだんだん効かなくなってきた…というよりは私の精神が薬の効果を上回り壊れてきた。
趣味は「だったもの」になり、何もできない。ただ毎日を、母の生命保険を食いつぶして生きている。本当にいやになった。やりたいこともやったし、欲しいものも買った。もう、この世に未練はない。苦しいのに泣けない。死にたくて仕方ない。どうやったら楽になるか、どうしたら楽になれるかばかりを考える。でも、こんな状態で死んでもきっと、両親はよく頑張ったとは言ってくれないだろう。そう思ったら死ぬことさえ救いではなくなった。
積極的に死ぬ気はないが、生きる気もない。生きる目的も目標もない。大切なひともいない。親戚は遠く。一人ぼっちだ。私は、独りだ。
食事は生きるための行為。だからしたくない。だというのに、この肉の器はエネルギーを要求してくる。うっとおしい。
もう、いい。もう、いいよ。私は生きる事を、放棄してるんだから。
もう、止めようよ。心は薄く、モノクロになって、輪郭さえ曖昧なんだ。
もう、いいよ。楽に、して。
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ななしさん
私も19年前に父を、今年の春に母を亡くしました。私も病気で働く事も出来ず、家事も趣味も体調の良い時しか出来ません。
それでもご両親から授かった命です。無理せず自分にできる事をして、自分に出来る範囲で生きていく事が一番ご両親が喜んでくださる事なのではないでしょうか?
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