あと4ヶ月間の辛抱。
そしたら、一人暮らし。
そしたら、この18年間続いたこの生活も終わる。
大嫌いな母親と、もう話せなくなってしまった父親と、大好きな猫の居るこの家での生活も。
別に母親は、めちゃくちゃ酷い人って訳じゃない。
ただ反りが合わないというか、ただ一緒にいるとストレスがものすごく溜まるというだけ。
4月から薬学部に奨学金も借りず一人暮らしで通わせてくれるし。
大好きな猫を実家に置いて家を出ることに不安感もないし。
そんな、"良い人"だけど。
だけど、
母親によるストレスの影響で、自律神経を乱して病気になった。寝たきりになって、中学2・3年生は学校にほとんど行けなかった。
青春が失われた。
母親のヒステリックの影響で、女性の大きな声がトラウマになった。
女性の少し大きな声や、少し怒り気味の声を聞くだけで、動悸や過呼吸になる。そのせいでコミュニケーションに制限が生まれた。
トラウマを背負わされた。
幼少の頃は大好きだった父親。
でも父親と母親は仲が悪く、10年くらい前はよく怒鳴り合いの喧嘩をしていた。
やがて私が中学に上がる頃には、喧嘩もしなくなるくらい仲は冷え切っていた。
その頃になると、私が父親と話している時、母親は決まって「〇〇(私)ちゃんはパパと仲良いね」と言ってきた。決まってそれが愚痴開始の合図だった。
父親に対する日頃の生活態度の不満を延々とぶちまけられた後、「〇〇ちゃんパパと仲良いんだから伝えておいてよ」。
父親の自分(母親自身)に対する態度の不満を延々とぶちまけられた後、「〇〇ちゃんには優しいのにね。」。
そんなことを言われても困る。
だから、「パパに直接言ってよ」と伝えた。そうしたら「ママの愚痴聞きたくないって!?少しは聞いてよ!!」と言われた。
親に親の愚痴を聞かされるのも辛いので、自ずと辛い表情になってしまい、「パパの肩持つんだね」と言われたこともある。
見事なまでに綺麗なお母さんヒス構文(@ラランド)。笑
次第に、父親と私が2人で話しているだけでヒステリックに怒られるようになった。
私は自分を守るために、父親と話さなくなっていった。
父親と会話ができなくなった。
父親を失われた。
あるはずだった青春も大好きだった父親も奪われて、トラウマだけ背負わされた。
私の人生にはあまりに悪影響な母親。
私立の通信通わせてくれても、薬学部行かせてくれても、大嫌いな母親。
離れないと。
いつの日か、そう思うようになっていた。
そしてついに。
来年4月から、私は実家を出て一人暮らしを始める。
耐えた。
もう、悪い方向に振り回されない。
人格否定を日常的にされる毎日とももうおさらば。
階下から聞こえる怒鳴り声に怯える毎日ももうおしまい。
家の中で、足音ひとつに怯える生活ももう終わる。
あと4ヶ月、絶対に生きる。生きてやる。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
すごい!としか言いようがありません。
よく我慢してこられましたね。
私には想像できないほどの辛い毎日を過ごされてきたんですね。
あと4ヶ月‥
待ち遠しいから長く感じるでしょうが、今まで耐えてきた年月に比べたら待てますよね!
伸び伸びと一人暮らしを満喫できますように
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください