昔から人付き合いが苦手で、内気で、明るい人に劣等感を持って生きてきた。これまでの人生で他人に本当に打ち解けたことなんてない気がする。
家庭内ではASD気質の気難しい父親がすぐに不機嫌になり、ニュースを見て政治家の悪口ばかり言っていた。親の不機嫌は子供にとって恐怖だ。物心ついた頃から親の顔色を伺うように生きてきた。
勉強は得意でそれ以外自分にはないと思っていたので必死に勉強をした。
「それくらい当然」と親には大して褒められなかったような気がする。中学校の頃うっかり80点台取ったら罵倒されていた。
高校に行ってクラスの一部の人間とうまく関わることができなかった。親はわかってくれなかった。田舎の自称進学校、馴染めない周りの人間なんか嫌いだったから、絶対に勉強して医学部行って見返してやる、と思っていた。
医学部に決めたのは親の勧めだ。私に手に職をつけさせたかったらしく、親は「お前は会社勤めができない」と言っていたので、そういうものだろうと思いながら勉強をしていた。親の勧めもあるけど、自分には勉強しかなくてそれで見返す以外の方法がないのだと思っていた。通らなかったら死ぬと思っていた。
浪人はしたけど晴れて国公立の医学部に通ることはできた。流石にこのときは親も喜んでいた。
医学部に行ったら自分より自我があって自信もあって楽しそうに生きてる人間ばかりだった。友達はそれなりにできたけど相変わらず心は開けなかった。成績は問題なかったが、何をしても楽しいと思えなくなった。電車を待っていると線路に吸い込まれる感覚になることがあったけど耐えていた。面倒だったので親に辛さを伝えたことはなかった。
研修医になってからも上級医の顔色を伺いながら必死に生きていた。ミスしたらそれこそ命にかかわるから当然だが、本当に何かあったら死のうと思いながら生きていた。医者のくせに死のうとするなんて、と思われるかもしれないが、覆い隠すための笑顔と快活さの下でずっと死ぬことを考えていた。ずっと生きた心地がしなかった。
研修医が終わって今は某科の医師をやっている。幸い先輩や指導医は優しい。つまらないことを聞いても許されるだけでこんなに嬉しいことはない。残業も少なくホワイト環境なのだと思う。時折他人に感謝されるとこんな人間でも生きている意味はあるのかもしれないと錯覚する。
でも家に帰ると消えてしまいたくなる。もう誰かに脅かされてるわけでもないのにずっと不安で、生きてて虚しい気持ちになる。
天職だと思うのに自分はなんで生きているかわからない。生きてて虚しくてこの先も生きていかなくてはいけないのが辛い。
ここまで頑張っても虚しいってなんでだろう。
私ほど頑張らなくても楽しく生きてる人はいる。私は何も楽しくない。自分が何をしたいかわからなくなる。
霧みたいに消えていなくなりたい。
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ななしさん
打ち明けてくださって、ありがとうございました。
80点台でも、がんばったなと笑ってくれたらよかったですね。
人付き合いが苦手でも、人が嫌いではないのですね。
「他人に感謝されると、生きている意味はあるのかもしれないと錯覚する」とのことですが、錯覚ではなくて、ありのままの気持ちではないでしょうか。
長年、本来の自己を抑えてきたために、嬉しい感情までも打ち消していらっしゃるのでは・・・?
これから、少しでもお気持ちが楽になりますように。
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