宛名のないメール

「生きてるだけでえらい。」

この言葉に救われた人間はいるでしょう。
この言葉に反感を覚える人間もいるでしょう。

狼にはこの言葉は、使うことはできません。
「えらい」なんて狼は言えるような、立ち位置にいません。
狼はそんなできた生き物ではありませんから。

けれど、狼にはこの言葉に思うところがあるのです。

「生きてるだけ」
それはただ呼吸して、生命活動をしていればいいとか、決してそういう事ではないと思うのです。
生きてるだけで偉いわけがない。
きっとこの言葉に反感を覚える人間は、そう考えるのでしょう。だって、「生き」物なんて生きていること前提だから。他人は生きている上に、たくさん活躍しているから。だから、自分が悩んで何もしないのなんて、甘えでしかない。そう思うのかもしれません。

狼にとって、生きることはただの本能にしかすぎません。死なないから生きているし、生きていたくない訳ではないから生きています。元々備わっている生存本能は、狼に生きろと命令をくだしています。狼はそれに従うことしか、許されていないのです。

だから、狼にとって「生きること」を考えられる人間はすごいのです。そんな高度なことを、狼にはできません。
生命の誕生と、その終末を考える。
時には延命を図り、時には自ら終わりを定める。
そんな大事を考える人間は、狼にとっては偉大なのです。

朝起きて、ご飯を食べて、行きたくない場所に向かって、たくさんたくさん悩んで、笑って、夜になって泣いて、恐怖にとらわれながら眠って。
これがあなたの「生きる」なのです。人間は自ら命を絶つことがある、唯一の生物。自ら終わらせることが可能なサイクルを、未だ耐え続けているのです。

なんて脆くて強いのでしょう。

いってしまった人間は、自分の生の形を決めてしまった。狼が話を聞けなかったことは、とても残念だけど。それでも狼は、彼らに敬服せざるを得ない。

例えあなたがどんな道を進もうとも。狼はあなたに言います。

「生きていてくれるだけで、ありがとう。」

狼の小瓶は、不定期ですが再開しております。
また、何でもお話してください。
狼はあなた達のお話を聞きたいです。
初めての人間も、お話したことのある人間もみんな、
狼の大切な存在ですから。

通りすがりの狼

184686通目の宛名のないメール

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お返事が届いています

通りすがりの狼

（小瓶主）

ノーハートさんへ。お返事ありがとう。

この世には曖昧なことばかりなのに、形がハッキリしていないと、もしくはハッキリしていると思いこまないと、人間は誰しも不安なものです。世界が「これだ」と偏らないと、人間は「普通」を語れなくなるのですから。

もちろん、考えるのをやめてもいいのですよ。考えなければ、悩む必要もなくなりますから。それはあなた自身の選択でいいのです。あなたが選択すること自体が、とても大切なことです。

けれど、時折振り返って。あなたが生きた道が、どれほど長く過酷で、けれど素敵なものかが、たくさん悩んだあなたならきっとわかるから。

そうしたら、また狼に、あなたのことを教えてください。狼よりもたくさん挫けて、それでも踏み出したあなたの痕跡を。

ノーハートꯁꯤ＠僕を許して

なるほど。
狼さんにとっての生きるという行為は、あくまで生存本能で、僕にとっての生きるという行為は、他人と比較したときに優位に立つこと…なのかな。
他動的に生きるのか、能動的に生きるのか…
そこに存在しているだけのものとして生きるのか、値段(価値)をつけて/つけられて生きるのか…
心が楽なのは、どちらが正しいのかなんて決まっていないかもしれない。
ただ世界はどちらかに偏っているのは事実。
生きるって、考えると難しい。
考えるのをやめた方が、案外生きやすいのかもしれない。
ありがとう、狼さん。

通りすがりの狼

（小瓶主）

ひつじのくぅさんへ。

いいえ。狼の時間は人間よりもゆっくり進みます。あなたの好きなように時間を使ってください。

それでいいのです。それがいいのです。
狼の言葉に全肯定しない、それはあなたがあなたの心を聞こうとした証拠です。全てが重ならない、その重ならない部分こそ、あなたなのだから。
二方向に進む力が拮抗している今、それでも狼に言葉を紡いでくださることをとても嬉しく思います。救いがなんなのか、誰にも分からない。止められて救われたと思う人間と、止められて地獄に引き戻されたと思う人間にどちらが良いも悪いもないでしょう。
生きている中で何度も踏みつけてくる者はあって、何度も手を引いてくれる者もあって。そんな理不尽な生の中で、狼をひとつの停留所に使ってくれること、幸せに思います。

狼は傍観者で偽善者。
もしあなたが再び空へ昇ろうと思う日が来た時、最後に思い出す思い出の中で、狼と交わした文字が浮かぶことを願いたい。その思い出が少しだけ、「まぁまぁ楽しかった」と思えたのなら、狼の体についた泥も少しだけ美しく光るかもしれませんから。

ひつじのくぅ

お久しぶりです、狼さま。長らく返事をしておらず申し訳ありません。私が聞いたことなのに。

忙しかったのももちろんなのですが、なにより、答えあぐねておりました。
狼さまからの小瓶を読んで思ったことを表現するための言葉たちを見つけられなくて。

狼さまからみた言葉、
すべてに共感はできずともなるほど、とは思いました。

三年前の冬、命を絶とうとしたことがあります。大人に見つかって、止められて、今、ここにいます。
あのとき助けてくれてありがとう、なんて思ったことはありません。
今でもたまに思い出しては、なぜあの時大人は、と考えます。

それでも、今全てが苦しいわけではなく。
それなりに楽しいこと、嬉しいことを感じることもあります。
たくさんの人たちに出会い、
新しい世界をたくさん知り、
あの頃より辛い出来事と、あの頃よりもっと幸せな出来事を繰り返すなんて
思ってもみなかった。

どっちがいいのかなんて分からないし、この先もわかりようがない。

私の死は狼さまにとって傷だとおっしゃいましたね。
これを聞いてご不快になられたら申し訳ないのですが、正直
「ならやめようか」という気持ちと、「そんなもの知ったことではない」という気持ちが同時に湧き上がってきました。

きっとこの気持ちたちにどちらが正解、というのはないのでしょう。そして、このどちらも私の本心で、同程度の強さを持ち合わせているのだと思います。

私の中の生死の捉え方は答えをださないでおきます。答えを出すのは怖いので。

通りすがりの狼

（小瓶主）

ひつじのくぅさんへ。
お返事が遅くなり、申し訳ありません。

そうですね。狼もこれを使う相手には、少々価値観のズレを感じることがあります。死を受け入れることが劣なのか、そんな訳がありません。死は生と同じ、生物のプログラムであり、死は誰もが持っている。生と死は対義語ではないのです。
ただそれが、自然か「非」自然かということ。人間にとっての自然は「普通」。きっとそれから外れることは、異端なるものなのでしょう。

生きているだけで丸儲け。丸儲けが良いのなら、なぜあの子は自ら命を絶ったのでしょう。狼としてはこの言葉に意味を求めようとは思えません。この言葉は生きる意思に芽生えているものが、振りまける言葉です。それを良いとも悪いとも、狼は思いません。

ただ、狼はあなたの心をこの言葉で救おう、とも思いませんし、あなたがこの言葉がしっくり来ないのならば、耳を傾ける必要もありません。あなたの傷を否定するものに、優しいあなたが触れて傷つくのを、狼は見たくありません。

誰かの死は損得ではなく、誰かの中に残る新たな傷と悲しみですりただそれだけだけど、誰かが抱えるには大きすぎるほどの。
もし、ひつじのくぅさんがその「最終手段」に踏み出したのなら、少なくとも狼の中にはそれが残ります。
それをあなたが同情してくださるのか、それ以上に苦しいと思うのか、狼には知り得ませんが。もし、あなたがその苦しい状況下でも、狼に同情してくださるのなら、あなたが「生きているだけで」、狼は幸せなのです。

ひつじのくぅ

狼さま、こんにちは。くぅです。

「生きているだけで偉い」という言葉に反感を覚えて育ってきた一人です。
”偉い”って、他より優れてるってことで、「死」が劣っていることだと無意識に定義されているような気がしてしまうので。
生死に優劣なんてあるはずないのに。

同じような言葉に「生きているだけでまるもうけ」という言葉があるのですが
こちらも私としてはあまりしっくりこないです。
自分の心身を守る最終手段としての「死」を、損だといわれている気がして、、。

狼さまから見たとき、この言葉はどのような意味を持っているように感じるのですか。教えてほしいです。

とても暑い日がつづいておりますね。南の方では台風が戻ってきたりと、近年の異常気象をひしひしと感じます。
狼さまもご自愛ください。

通りすがりの狼

（小瓶主）

ななしさんへ。

思いがけないところに、自分の心は落ちていたりするのです。
あなたのその涙が、あたたかいものであることを願って。