小学生くらいの頃、60代くらいのおばあさんに電車で席を譲ったことがある。
ちょうど道徳の授業とかのあとで、なんか親切心に燃えていた頃。元々めっちゃ人見知りの私だから、ものすごい勇気を出した。
だけどおばあさんは「大丈夫だよ。座ってていいよ」って言って。悪意とかじゃなくて、親切心なのかもしれないけど。でも傷ついたなぁ。
周りの人からすごい見られて、勇気を出したのに座ってもらえなくて、恥ずかしすぎて次の駅で降りて別の車両に乗り換えた。
正直泣きたかったけど、それで泣くのは違うなぁとも分かっていたからどうしようもできなかった。
それ以来、ああ席譲らなくちゃって思っても、行動できなくなってしまってる。
そのおばあさんのせいじゃないのは分かってるんだけど。でもまた拒否されたらとか、逆に怒られたりとかしたら、すごく嫌だなってなってしまって。
結局勇気が出ずに見ないフリしてしまう自分も嫌い。
あの時おばあさんが譲られてくれればって人のせいにする自分も嫌い。
席を譲るっていうのは、完全な親切心から成り立つボランティアな訳で、譲らなくたって何も悪くないはずなのに。
むしろ、お年寄りの方々だけじゃなくて、目に見えないけれどどうしても座らなくちゃしんどい理由があるかもしれないのに。
そう考えたら、きっとどこにも悪いところがない私が譲ってあげなくちゃいけなかったんじゃないかって気になる。
みなさんは、席を譲ろうか迷っているとき、どうされますか?
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私だったら
譲りたいと思ったら譲る。
譲りたくない(自分に余裕がない)なら譲らない。
ですね。
人見知りなのに勇気を出して声をかけた小瓶主さんは立派だと思いますよ。
その時の周りの視線がどんな感じだったのかはその場に居たわけじゃないので何とも言えませんが
『席を譲ろうとした親切な子いるんだ?どんな子だろう?』
と、つい好奇心でチラチラ見てしまうかもしれませんね。
その時のおばあさんも、立ってて辛いわけでもないから、親切な優しい小瓶主さんの気持ちだけで十分嬉しかったのだろうと思います。
私はこんなケースを実際に見たことがあります。
東日本大震災で帰宅難民になり、翌朝に動き出した電車に乗って帰ろうとしたらすし詰めの満員で、電車に乗ってもしょっちゅう止まってしまう状態でした。
電車内で赤ちゃんを抱いた女性が立っていたのですが、赤ちゃんが泣き出してしまって泣き止まず、女性はすごく困った様子でした。
女性の目の前に座っていたサラリーマン風の男性が『座ってください』と言ってその女性に席を譲ろうと立ちました。
女性も驚いて
『え?あっ、すみません。悪いので(申し訳ないので)、大丈夫です。』みたいな感じで
、断ろうとしてましたが、男性は『いえ、どうぞどうぞ』と、女性と入れ替わるようにして半ば強引に座らせました。
でも赤ちゃんが泣き止まなくて、女性も気まずくなってしまったのか、次の駅に止まったときに『すみません、降ります。ありがとうございました。』とお礼を言っておりてしまいました。(様子からして目的の駅では無かったと思います)
男性も『譲ってしまったことで余計に気を遣わせてしまったのかな?』と思っていたかもしれません。
私は震災で自分も疲れているだろうに席を譲ったその男性の行動に敬意を感じましたし、譲ってくれたんだから女性も気にせずに座って赤ちゃんをあやしてれば良いのにと思いましたが、私が女性の立場だったら、ひたすら善意を受け続けるのも申し訳ない気持ちになってしまうかなとも思いました。
譲られて迷惑というわけでなく、親切にされているからこそ、自分で何とかできるならしなくてはと思ってしまう。
おばあさんも譲ってもらわなくても大丈夫だと思っていて、優しい小瓶主さんを立たせたくないと思って、自然に断っただけだと思います。
長くなってしまいましたが、私は小瓶主さんも、その時の男性と同じように尊敬できる行動だと思うので、譲りたいと思ったらまた勇気を出して譲ってあげて欲しいです。
そして私も、譲りたいと思ったときには行動します。
ななしさん
その人は、拒否したんじゃなくて、遠慮したんだろうと思います。
小学生の子どもを立たせて、自分が座るなんて、できなかったんでしょう。
それに、60代ぐらいなら、まだお年寄りではなくて体力もあるから、大丈夫という意味もあったと思います。
座ってくれなかったけれど、その人も、周りの人達も、「偉い子だな」と、思ったんじゃないかな。
席を譲るのが難しいなら、べつに無理しなくていいし、親切心を他の所で活かしてもよいのでは?
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