オヤジっぽいオバちゃんの単なる回顧録で自分語りの独り言。
あの頃は子育てと、ほぼ寝たきりの病気の父親と祖母の介護、旦那ちゃんの病気がいっぺんにやって来て、一日に30分の介護ヘルパーさんや週2回のデイサービスは頼めたし、旦那ちゃんも子育てと家事は結構やってくれてたけれど、金は男並みに稼がなければならないし、まだ細々と続けていた実家の商売の事務、経理や、ケアマネジャーさんとのやり取りやら、日常のあれこれやら忙しくて大変だったな。
やっとそれが終わったと思ったら、あの恐ろしさ満点の母親が認知症と、精神病が重くなったのとで、
回覧板を置きに行った隙とかに抜け出して徘徊して、骨折して帰って来て入院する事3回。夜中じゅう喚いて暴れて眠らせてくれないわ、人が眠っていると叩き起こすわ、真夜中に抜け出して近所の家に行っておかしな事を言って迷惑をかけたり、入院は拒否して、暴れて救急車を呼んでも追い返すし、よく眠れないまま仕事に行かなければならないわ、布団やら箪笥やらテレビやらを馬鹿力で外に放り投げて火をつけるわで危ないし、ついに眠れなくなって弱ってあんまり動けなくなったところで入院させるまで大変だった。
母親は施設に入ってからも、他の入居者に対しての暴力、暴言や問題行動が多くて、苦情も来たりして、しょっ中呼び出された。その度に病院に連れて行って、処方薬を変えてもらった。そのせいで施設も変わった。こちらでは手におえないから引き取ってくれと言われた事もあった。母親がかなり弱るまでそれが続いた。
まるで猛獣を相手にしているようだった。
兄弟も重い病気なので、他に出来る人がいないから仕方ない。
皮肉にも、絶対にお前にだけは面倒見てもらいたくない。と言われていた私がやるしかなかった。
それから実家の片付け。実家の商売の片付け。弁護士の所にも行って権利関係やらなにやらの処理。
なんか毎日が無我夢中で、どうやってそれを乗り越えて来たのかすら今となっては不明だ。
たまーに自由時間が出来ると行く海がストレス発散だったな。
それがやっと片付く頃には更年期もあって、自分の心身のあちこちにガタが来ていた。
いろんな病気で入退院の繰り返し。
それでも何回か復職して働いてた。
無理して頑張り過ぎたって言われた。
もっと軽いうちにゆっくり休んだ方が良かったって。
ある意味燃え尽きちゃったのかな。
今は仕事も医師の判断で就労不可。
それでもその頃には旦那ちゃんの病気も良くなって正社員に復職していたし、息子ちゃんも無事に成人して働いていたので、今は甘えさせてもらってる。
旦那ちゃんの実家や、母親の姉妹も私に良くしてくれる。
もう無理して頑張る必要はない。
出来る事だけして、あとは好きにやらせてもらっている。
最近は薬の処方を変えてもらったせいもあるのか、
一時に比べたら大分良くなって来たように思う。
この分だと春になる頃には本物の海にも戻れそうだ。体調の良い日を見計らって無理しない程度にだけれど。
私がまた海に入るのを待っていてくれている人達もいる。
荒波、また荒波でなかなか陸が見えないような日々だったけれど、なんとか母港にたどり着いたようだ。それもこれも支えてくれて来た人達のおかげだな。それと、音楽と海のおかげ。
あの頃よく聴いて励ましてもらった曲
"A Deeper Love" Aretha Franklin
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
とりす
ななしさん、お返事ありがとうございます。
ありがとうございます。
あの頃は、毎日目の前の事を片付けるだけで精一杯って感じだったんでしょうね。
それでも、おかげさまでなんとか乗り越えられて良かったです。
しばらくは無理せずにのんびりと過ごしたいと思います。
優しいななしさんが幸せでありますように。
ななしさん
時を感じれないまま、過ぎ去っていった過ごし方をなさったのですね。どうぞこれからは穏やかなお時間を過ごしいただければと願っています
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