私には好きなものがない
他人の好きを自分の好きにしようと思うと
なんか違う
でも好きなものないんだよね
欲しいものもない
なにが欲しいのかわからない
とりあえず笑ってみたら
なにが面白いのかわからなくなったけど
笑わないとつまらないのに
無理に笑うのは嫌だな、、、
無理に笑っちゃうのはしょうがないのかな
普通の人の感情がわからない
友達と爆笑したりするとなぜか安心できて
1人じゃないって思えるから
無理に笑っちゃう
普通のことをすることが私にはできるのかな
料理だって下手すぎて
ラーメン蒸発して
卵も割れなくて
すぐにのぼせて
すぐ泣いて
すぐ我慢して
すぐ耐えて
すぐ自傷して
普通の人になりたかったなぁ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
ごろー
私も普通の人憧れます。
楽しいとか好きなものがはっきり言える人になりたいと思うこともありました。
友達と爆笑すると安心を感じるなら、また友達と爆笑してみるのがいいと私は思うな。
「好き」というラベルをつけていいのかは判断はできないけど、安心という良い感情を感じるなら、それはこれからも続けたらいいと私は思います。
コミュニケーション能力も高く、人間性も良くて、尊敬できる人と一緒に仕事をしたことがあります。
一緒に泊まり込みの仕事をするときに「楽しい」というのがわからないと打ち明けたことがあります
それを聞いた彼は不思議そうな顔をしました。
やってみると時間を短く感じるものとかはあるけど、
「楽しい」人がいう楽しいがわからないと説明したら、
それならおれもわからないよといい顔をして納得してくれました。
どうも私の思う「楽しい」はハードルが高い見たいだと、その時知りました。
よくよく生活の中で観察すると、
赤ん坊や幼児に親が楽しいねと子供と遊んでいるの目に入ってきました。
それは一組の親子ではなく、子供がよろこんでいそうなときに〇〇ちゃん、楽しいねと親が言っているのに気づきました。
私の仮説ですが、「楽しい」はどうも何個か楽しいと覚えてから、それと同じように感じるものを「楽しい」と世間では言っている思っています。
なので、一歩目でつまずくとどうにもならないことだと私は思います。
嫌だな、苦手だなというのはなぜだか感じられるので、それは避けています。
やっていて不快感がなく、割りと時間が早く感じるものを「楽しい」のかわりに自分にとって良いものと私は考えて、日々過ごしています。
辛かったこと、割りと気分が良かった出来事があったら、小瓶を流してみては?
続けて、ふと読み返すと特徴が見えて来ると私は思います。
私はお返事の小瓶ばかり流しているのだけど、読み返すと自分の価値観の特徴が見えて来たのは、面白い発見でした。
はなはな星人が息苦しさをあまり感じずに済む日が来ることを願ってます
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです