親戚のおばあちゃんがコロナで重症。
老人ホームにいるけれど、病院はどこも受け入れてくれない。
もう100年以上生きたおばあちゃんだから、いつ亡くなっても不思議ではない。
大人達は遺産や葬式についての話し合いを始めた。
ふと思ったのが、これが自分の親の場合。
私は立派に"葬儀"というものができるのだろうか。
私の家族がこの後100歳(寿命)で亡くなるとしたら順番的に、
祖母、父、母、『私』、妹、弟、……となる。
いや、家族だけでなく、大切な人、尊敬する人、お世話になった人を含めると『私』より先に亡くなる人が圧倒的に多い。
「時間は有限」らしい。
無限に続くように感じるが、生物が生きていられる時間は有限。
誰か1人が亡くなっても、世界は何事もなかったかのように動いているが、
その人と話せなくなる、会えなくなる時間はいつかやってくる。
それが訪れた時に私が後悔しないように『私』と『身近な誰か』が持つ時間を大切にしようと思った。
その他、この小瓶で考えたことがあれば教えてください。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
おばあ様、心配ですね。
大往生と言われても不思議ではないご年齢ですが、大事な方なら、少しでも長くと思うのが人情ですから。
人の死をまじかに感じ、そこから様々な考察をすることができるあなたは、とてもしっかりした方なのだなと思いました。
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