友人について。どの友人にも片想い状態。それで満足してる。
私には大切なものが少ない。抱えきれないほどに増やそうともしない。血縁者は好きになれない。だから数少ない友人がとても大切。
多数と違う感情の回路を使ってる。感情の自覚が苦手。表現はもっと苦手。定義できない曖昧で無責任に思える好きって言葉を使えない。
どんな表現もチープに思えるような友人に対する巨大な感情は、彼らの緊急時に燃料となるだけ。普段は心の底に格納されてる。
彼らがくれるものに見合ったお返しができていないのが気がかり。せめて感情だけは返したいけど、事実を滔々と語るだけになる。伝わらない。それでも友だちでいてくれるのが不思議。
彼らには大切がいっぱいある。家族や、他の友だちとか。私なんて彼らの世界のひとかけらだ。それでいいと思う。私が彼らの一番になってしまうのは、おかしなこと。
例え裏切られたって、忘れられたっていいと本気で思う。それが彼らにとって良い選択である限り。悲しいと思うべきなんだろうか。たぶんその時私は笑うんだろう。よかった、これ以上迷惑かけないで済んだって。
依存でも恋でもない。見かけたり話せたりしたら内心かなり喜ぶけど、どこで何してるか知りたいとは思わない。存在以上は望まない。
そんなぬるい大きすぎる感情をもて余すことなく抱えている。こんなに人に思い入れを持つ日がくるとはって感慨深い。
これも一種の愛なんだろうか。愛って何。しっくりこない。じゃあ何て言う感情なんだろう。とりあえず彼らは認識していないから、片想い。
明日会えたらいいなぁと思うと同時に、会えなくてもいいなぁとも思う。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
名前がない感情もあると思う。無理にそれは何なのかは見つけなくていいと思うけど、きっとあなたと同じ気持ちを持ってる人は世の中にいるはず。
私もいつも友達に片想いだから。でも、あなたのようにそれでもいいとキッパリと片付けられないドロドロの感情を持ってしまいます
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください