苦しみたがりの自分。
なんで苦しみたがるのかなー?と考える。
苦しいからって助けてもらえないのはわかっている。
のに、なんで?
……あ、そうか!
苦しんでいる人に対して助けたい思いが強い自分のせいか!
そういや前に考えたな。
私に思われる誰かが羨ましいって。
ものすごく大切に思うから。ものすごく助けたいって思うから。
……ま、現実は思うだけで行動しないから、「私に思われる誰か」の「私」っていうのは、空想の中のヒーローの「私」だ。
つまり結局、頭の中としては『苦しめば苦しむほどヒーローが来て助けてくれる確率が高い』なんて思ってるんだろう。
そして現実的な自分はそんなことはないと思ってるから苦しみに飛び込んでいったりしないわけだ。
……今日も暇だなぁ。
そして忙しい。
死んでないからめんどくさい。なにもかも。
楽になれるものなら楽になりたい。
でも漠然としすぎててその夢はもはや無だ。存在しない夢が叶えられるわけもない。
具体的なことを言うと首を吊りたい。他の方法でもいい。自殺したい。けどそれは楽になる方法じゃないんだよな……。私の考えでいうと、「楽」は生きているからこその感覚であり、死んだら手に入らない。
「楽」すら邪魔だと思うわたしが死にたいだけで、幸せを享受してたい私は生きたいんです。
でもこの身体、生きるために働くのが嫌すぎて死にそう。それでも奇跡的に生きられる環境に居るからなんとか自分を殺さないで今日まで生きてこれてるが……
それが問題なんだ。
死なずに生きられているせいで欲が出ちゃう。あれがほしいとか、これがほしいとか。でもただ生きられているだけで、自由に動けているわけじゃないから手に入らないもの多数。結果「死にたい」
昔から空想思考のわたし。頭の中じゃ何もかもが手に入る。望んだものを作り出せる。そんな世界に生きてる。
相対的に現実世界が苦しいものになる。あたりまえのことだった。
だからといってもうこの頭は死ぬまで止まらないし、止まらすつもりもない。
頭の中の考えが現実になるのを待つだけ。
動かなきゃ死んじゃうとしても待つだけ。
死も手に入れたいもののひとつ。それだけは何もしなくても入手可能だけれど、何もせず向こうからやってくるのを待つのは結構しんどい。かといって行動を起こして早めに入手するのも大変という……
疲れた。
急に終わるね。
ボクは自由奔放。
夜なんで寝ます。
おやすみなさい