崖っぷち限界もうすぐ三十歳です。
大学を卒業してから新卒で営業職に就職しました。
事務職が良かったのに、受かりませんでした。
自意識過剰でプライドが高く見栄っ張りな私は人前で「何で営業が出来ないんだ」「何で数字が取れないんだ」と叱責され続ける度に目の前が真っ白になりました。
小中高校生の頃忘れ物をして廊下に立たされたり、発表会でクスクス笑われたり、運動会で役立たずとクラスメイトに囲まれて叱責された事が何度も蘇りました。
朝アラームが何度も鳴り響き重い頭を上げて職場に行きます。
その後の記憶はなく、気付くとベッドに横になっています。
休みの日も何もできず何も食べず天井とスマホをボーッと眺めていました。
耐えられませんでした。
26歳で退職しました。
そこから約1年実質ニートしました。
再就職をあきらめていたわけではありません。
それでも、またあんな叱責をされるんじゃないかと。
今思えば鬱病だと思います。
面接に行っても、行っても、行っても誰も彼もが私を責めているようでした。
無能。役立たず。お前なんか雇う訳がない。
そう思いこみながらも手元には73通の”お祈りメール”が届いていました。
限界でした。
正社員としての就職をこれ以上挑戦したくなくて契約社員の面接に行きました。
1回目の面接でめでたく決まり勤務をし始めました。
労働自体はキツイですが、土下座をさせられたり、実質サビ残の接待飲み会があったり、怒鳴られたりはありません。
机はオンボロ・椅子はパイプ椅子・手書きでの事務作業で肩腰はキツイけれど、余程良い環境です。
そこで就職して約2年。
ふと30歳目前の秋に思い立ちました。
ああ、私はこのまま生きていくのか。
社会的地位も、友人も何もなかった。
唯一私を産んでくれた母だけはいた。
母にだけは親孝行したいと思った。
中学生の頃ギャルに言われた言葉を思い出しました。
「え、アンタメッチャ絵上手いじゃん!キティちゃん描いてよ!え~!可愛い!シールにしていい?」
当時パカパカ携帯の充電池を入れる蓋の内側にプリクラ等を貼る文化がありました。
そこにギャル同士のキラキラとした我等友情永遠不滅の隣に貼られる私の描いたキティちゃん。
嬉しかった。喜んでくれた。
それ以外私の絵は「絵下手クソだね」「絵上手い人は輪郭から描くよ」「本当下手」「何これ意味分からない」と言われた記憶しかありません。
でも、凄くあのギャルに言われた一言がキラキラ私の記憶の中で今も輝いている。
30歳目前なのに。
パソコンやペンタブ、周辺機器を中古で買いました。
SNSにも登録をしました。
そしてイラストを描いてほしい人に対して営業をかけて受注するサイトに登録をして描き始めました。
時給換算で10円にも満たない。
仕事としては全く割に合わない。でも凄く楽しい。
「ありがとう」「好き」「素敵」そう言って貰いました。
嫌な事ばかり思い出すイラストを描くという事が何だか楽しくなってきました。
私無能だけど人を喜ばせることが出来るこの瞬間は最高の人間かもしれないと思い始めました。
私ももう30歳。
でも、それでも、私はイラストレーターになります。
この歳では遅いかもしれない。
人間十全に働けるのは20代~40代かもしれない。
親孝行も出来ないかもしれない。
でも沢山の人にあなたに喜んで欲しくて描いた絵を見てほしい。
そして私みたいに天井を見つめながら「何で生きているんだろう」って思ってる人に「とりあえず次の絵・次の新刊見るまで生きるか」と思わせる位の作品を作りたい。
(あとえっちな絵沢山描きたい)
母親以外私にはもう何もない。
ギャルを心に、もう一回立ち上がりました。
今度は「事務受からなかったから営業になったんだ」なんて言い訳きかない。
正真正銘自分で選んだ道だから。
この小瓶を受け取った人に、私の絵を絶対に届けます。
見てろよ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
読ませていただきました。きっとキラキラとしたその輝きは、いつまでも胸に残り希望になっていることでしょう。何かを始めることに遅いことはない、そう聞きます。
小瓶主さまの素敵な絵が皆々様に届くことを、楽しみにしています。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください