わたしは、なんでここにいるんだろう?
ここは、痛い。
苦しい。
けれど解放できる場でもある。
「死にたい」と生きるようになってから、苦しんでいる人に惹かれるようになった気がする。
より深く、より強く、苦しみ傷付いている人間を想像しては、この身に宿そうと、わかろうとする。
でも、宿しきれるわけがない。
想像で心を多少痛める程度で終わる。その痛みは、想像をやめれば無くなる。
経験がないボクには持てないものがあることが嫌なのかもしれない。全知全能になりたいボクは、今日も頭の中の世界で生きて、現実から遠ざかる。
大した行動もしないのに「君たちを救うことを諦めず」、「君たちを救えないことに絶望する」
この繰り返しをここで行う意味はなんだろうか……
やっぱりボクは、ただ痛がりたいだけなのだろうか……
なにもかもが羨ましいんだ。
隣の芝生が青かろうと、枯れていようと、『隣の芝生』というだけで羨ましいんだ。
君の幸せも、君の不幸も、全部ほしいんだ。
全部ボクのものにしたい。
ものすごい欲求が渦巻いているのに、それは頭の中だけに留まって、実際には何も手にすることはない。
心はそれを欲しがるのに、この身体はそれを掴もうとしないような感じだ。
「取った!」と思っても、この身体はそれを手放し、ボクの手には何も残らない……
当然だ。
だって空想の世界で生きているんだから。
わかってるよ。
ここから出ないと、得るものも得られない。
でも、夢を見てたいんだ。
逃げ続けたいんだ。
それでいて、何かを手にしたいんだ。
ここにいて、何かを手にしたいんだ。
空想世界から手を伸ばして、それでも何かを掴めたらとっても楽だから。
現実逃避をしたまま生き続けられるなら、そうしたいじゃないか。
甘えていたい。どこまでもどこまでも。
「死にたい」に甘えて生きていたい。死ぬときに楽であるように。
「生きづらい」に甘えて息をしたい。小さな幸せで楽になれるように。
今は、「宛名のないメール」に甘えよう。たくさん流させてもらおう。現実で発されることのない言葉たちを、誰かに聞いてもらうために。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
Rabbit
「死にたい」に甘えて生きていても
「生きづらい」に甘えて息をするのも
貴方が望むなら良いと思いますよ。
死ぬ時に楽であるよう、
小さな幸せで楽であるよう、
此処で沢山甘えて下さい。
沢山小瓶、流して下さい。
沢山言葉を発して下さい。
貴方の現実で発されない言葉は
私が聞いています。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください