作曲・音楽の勉強は大事。だけどコミュニケーションから逃げない事も努力しなければならない。
誰かと音楽を作っていくにあたって、相手に自分の意見を言って嫌な顔をされるのが嫌とか、そんな風に相手を信用しないで、自分で満足とは言えない妥協した作品になって。誰かとの音楽はいつもそうだ。
大好きなコンテンツの案件ですら妥協して、コミュニケーションから逃げるなら、俺の強い気持ちや主体性なんてものはもう欠片もない。
ただ、それは己の作曲力不足でもある。自分にもっと実力があって相手も自分も納得させられるものがあれば、コミュニケーションで悩む事も軽減されるだろう。
それもこれも、自分が相手を頼り切れないところにある。相手を舐めていたり見下していたり。自分に自信がなかったり。
こんな風に生き辛いからいっその事一人で生きたいけど、自給自足でもしない限りそれは難しい。
年々、本当に年々人が嫌いになって怖くなっていく。自分の拙さを見透かされ、拙さを取り繕おうとする事を見下されて、愛されない。
愛、という理想を見過ぎているだけかもしれない。人間関係って実はもっと打算的だったりなんとなくだったりするのかも。でもドライな関係なんて苦しい。
もう誰とも喋りたくない。関わりたくない。普通の人は俺が何に悩んでいるかも分からないだろうな。それが嫌だ。
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ななしさん
他人とのコミニュケーションって難しいですよね。
楽しい事や嬉しい事もあるけれど、ストレスになる事も多いですよね。
打算的でドライな関係もあるのだと思いますが、やはりお互いに思いやれる優しい関係が築けたら一番いいんじゃないかと思います。
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