「自らを商品のように売り出して、初めて生きる資格が与えられる」
という言葉を聞いてなるほどなと思った話をします。
これはあるゲームのセリフの1部です。
残酷な話になりますが、例えば私が左腕を失ったとして、あるいは…右足でもいいですが。とにかく体の1部を欠損させたとします。その時、私の収入は、恐らく落ちるでしょう。
では、また例えば心に傷を負って動けなくなってしまったら?
恐らくそれでも収入は下がるでしょう。
つまり、私たちは、自身のその身体を、商品にして社会に売り出しているのです。身体、と言いましたね。肉体と、心と、頭脳、魂です。まあ、その人の全てです。
「貴方はその身体で何ができますか?」
そう社会に問われ、その身体を売り物にし、稼いでいく。五体満足でなければ、不良品?規格外商品?として扱われる。ある意味当然で、そしてまたある意味とても惨い現実です。
金と引き換えにできる何かがなければ生きていけない世界が、生きやすいのか生きにくいのか。私たちはその狭間で常に揺れているのです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
後ろ後
僕の口からあまり偉そうなことは言えませんが、「その人でなければならない理由」は多くの場合で沢山ありますが、それは「その人でなくてもいい理由」とは少し違います。
なんと言いますか…貴方でなければならない理由はない事が多いかもしれませんが、それは貴方をわざわざ外す理由とは違います。
替えがきかない、ということはすごいことかもしれませんが、だからといって別の人の場所が無くなることはないのです。
場所を変えれば、貴方の居場所は見つかるかもしれません。
円が日本以外で使えないように、その場所に合った価値があります。
だから…自分でこの小瓶を流しておいてあれですが…諦めて捨ててしまったりはしないでください。
今は少し離れたところから世界を見ることができますから、見渡して、見定めてみてください。
ななしさん
残酷ですが、その通りな世の中だと思いました。
私は規格外品で商品価値がありません。
よって、無収入です。
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