毎日、人と接する。
街中ですれ違う人、友達、家族、好きな人。
この鋭敏過ぎる感覚のせいなのか
考えや、嘘をつく瞬間、悪意、などが視認出来ない色、オーラで分かる。
みんな悪人。善人に会ったことなんてない。
皆、自分の為に他人を踏み台にする傾向にある。
そんな現代で生きるのはもう限界。
傷付いた人たちの体験がまるで自分が受けたかの様に感じる。
もう居なくなりたいと考えてしまう
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
固定不変の人間はいませんよ。
ある時は嘘をつくしかなかったり、悪口を言う人になったり。
疲れていたらイライラして優しく出来なくなったり、趣味も仕事も充実していれば優しくなれたり。
罪人も刑務所の中では他者に優しい人になることもあるでしょう。落ちているゴミに気づいて拾えば社会に貢献している人になっているでしょう。
人間は特に物理と共に生きていますので、疲れたりイライラしたり金銭面の不安などで優しく出来ないこともあります。
なるべくは誰からも好かれるような人間でいた方がいいですが、かなり修行が必要です。
何のために善行を積み重ねる必要があるか。善行を積み重ねるとどうなるのか、悪行を積み重ねるとどうなるのかを知らないと悪の心になってしまうのは仕方がないのです。
だから、皆を善の心でいられるようにお互いに助け合うことが必要です。
その助け合いが自分の居場所も良くしていきます。
小瓶主様の感覚は大変お辛いものがあると存じます。私も敏感な方です。
その感覚を苦しみためではなく、良き方に使えるようになるといいですね。
敏感だと疲れも溜まりやすかったり、理解者も少なく辛いことも多いかと思います。イライラや悲しい心が癒され、穏やかに過ごせますように。
ななしさん
生きている側にいて、心と体で感じるから、感じたら、こうして小瓶を流して、生きている側の人に伝えられるから、それが重要。
体がないあっち側は、生きている側に何かを伝えるのも、どうしたらいいか。
心と体があって、限界を感じるほど背負わせてしまっているなら、荷を下ろして。
歩けるくらいの荷を背負いながら、生きている側にいて欲しい。
悪人とか善人ではなくて、人して生まれたら問い。
悪人のオーラを放ちたいのか?善人のオーラを放ちたいのか?二色じゃなくてグラデーションだと思うけど。せっかく感じるのなら、もっと繊細に感じ取って。
私の場合で言うと、疲れているから楽してさぼりたい瞬間だけ、嘘をつく悪人。
体があるがゆえのデメリット。それでも体があるメリットの方が多いから。
生きている側にいて欲しい。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください