当たりが悪かったんだと思う。
担任が生理的に受け付けない。
クラスの講習の出席率が悪いことに怒って、その時に出た言葉が凄くイライラした。
講習には出た方が良い、っていう内容だったけど、意地でも出るもんかっていう気持ちが沸く怒り方。
それから数日後、世界史の先生が講習には出た方が良いと、色々と話してくれた。
あ~、なんで講習出なかったんだろう。もっと勉強したい。という気持ちが沸く怒り方。でももう募集の締め切りは過ぎていたので、うけることはできませんでしたが。(ちなみに、私は一教科だけ講習とっていました。全教科とれば良かったな)
二人とも同じことを言っているのに、どうしてこうも……。
教師によって生徒の将来は決まる、ってあながち間違ってないんだろうなって痛感した。
世界史の先生、本当にカッコ良かった。
なんだか、教師になりたいな、とかね、思ったり。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
教員も人生の後押しくらいにはなるかもしれませんが、選ぶのは結局自分です。
教員と生徒でも、人と人ですから。合う合わないがあって当たり前だと思います。
ただ、合わないってだけで自分の選択を狭めるのはもったいないですね。自分に合わない人の意見なんて「ふーん」くらいで聞き流すことをお勧めします。
世界には77憶人いるんですから、気が合う人のほうが珍しいですよ。笑
ななしさん
なれ!!
なってその経験談を広めてくれ!!
というむさ苦しく一方的な感じで。
何にしろ、
その体験を生かして欲しいですね( ̄∀ ̄)
俺もいい先生に巡り会いたいな。
ななしさん
担任の言葉を感情的に受け取らないで
『講習にでるべきだ』
ってことだけ聞けばいいじゃん
担任だって言いたい第一事項は間違えてないんだし
自分で講習に出ないことを選択したのに、担任のせいのように話すのは、おかしいよ
どんな状況であれ、自分の選択に責任もちなよ
ななしさん
1) 自分の言い方次第で相手が心地よく意見を聞き入れてくれる
→言い方で相手を良くも悪くも制御、コントロール出来る事実
2) 相手の言い方次第で、良くも悪くも自分の思考が変わる
→本当に自分が求めているものすら、相手次第で見方が変わってしまう可能性
→多くの一般人はこれ
こんな事を日々の出会いで感じながら大人になるんよねーうちら、というその一部がこの小瓶
カーネギーの本とか読んでみたらどうかな、興味あるかもな、本屋でのぞいてみて
ななしさん
あなたの気持ち、すごくよくわかるよ。人は出会いで変わる。
でもね、一つだけ言わせて。
確かに生理的に受け付けない先生だったんだろうけど、この経験は覚えていた方が良い気がします。あなたの中の「意地」があなたの流れを止めることがあるって。
もっと言えば、怒りって、実は自分の中に同じものがあるから感じることがある。今回は同じことを別の人が言ったのをすぐ感じられたけど、もし世界史の先生がそう言わなければ、気が付きもしなかったよね。
確かに世界史の先生の方が断然魅力的だしカッコいいと思うけど、本当は自分にとってどうなのかってことを、時に冷静に考えてみるのもいいんじゃないかな、と思いました。
主さんの主旨とはちょっと違う意味でのお返事です。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください