私は、アルバイトと家事をしながら、親に支えられて生きている発達障害を持った成人アラサーダメ女です。
どんな事情かは言えないのですが、どうしても経済的自立が困難な状況で、家を出ていきたくても出ていく余裕も、万が一飛び出したとしても生きていける余裕もなく、今はただ家族に甘えて生活をするしかない状況です。
発達障害の診断はあるものの手帳はとっておらず、見た目や話しただけではわからない所謂「軽度」に当たるらしいのですが、母にとってはかなり重荷な存在であったようで、私を大卒まで導くのに二人三脚でともに歩んでくれましたが、その間、ストレスなのか甲状腺機能低下症となり、母自身も疲れきってしまいました。
私だけでなく、おそらく遺伝的なもので私の父も発達障害の特性に似たものを持っているので、そんな凸凹した家族の中、よく一人で奮闘してくれたなと凄く思っています。
私が成人するまで、母はきっと自分の人生をすべて私にささげてきたように思います…。そうして疲れ切っていく姿は娘としても苦しく、私のせいで母を苦しめている…そう思うようになりました。
でも、私はその具体的な意味での大変さについては喧嘩中に爆発した母の言葉を何度も繰り返し聞くまで、なかなか気づくことができず、大人になって気づいた時には母自身も疲れ切り、自分から人付き合いをしなくなり、なるべく外に出なくなり、気づけば思ったこと不満なんでものベクトルがすべて私に向くようになりました。
仲のいいときは、友達のように仲よくあれるのに喧嘩をしたり、私が自身の特性で悪気なく無遠慮に母を傷つけたりすると母の怒りが返ってくるのですが、そういうことが日々重なるたび、お互いに疲弊し、とくに私の心が耐えられなくなってしまいました。
私が悪い、私は情けない人でなし、私には言う権利はない。
そう言われることも親子だから喧嘩が過ぎればケロっとしてきた時もあったのですが、感謝こそしなければならない立場なのに、母のありがたい言葉をだんだん受け止めきれなくなっていきました。
母の叱咤激励は的確なのですが、切れ味が鋭く、言葉をそのまま真っすぐに受け取ってしまう特性を持つ私には、私の直すべき点を語ったアドバイスという名の数々の母の言葉がナイフのように心に突き刺さるように感じ、いつしか自尊心というものが欠け、心を壊しました。
ある日、母と喧嘩をしたまま仕事に出かけると、急にチョコレートとコーヒーを尋常じゃないくらい欲するようになり、食べなきゃ死ぬと思ってしまうぐらいよくわからない状況になりました。そのふたつを切らしたら、突然泣いてしまうようになり、仕事を終えてから帰路につくまでもただひたすらに泣き続ける日々でした。
自分の好きなことをしても楽しくなく、むしろ好きだった感情を忘れていき、心が休まる瞬間がなくなりました。ごはんも何が食べたいか食欲すらわからなくなり、初めて自分の意思でコントロールできないレベルになっていると感じました。
今は頭と心を強制的に休ませる意味で、頭や感覚を使う音ゲーなどを無心にやることで切り替えを持とうとしていますが、それすらやることがしんどく、何をしても休まらない食欲もない、そんな日もあるので不安定さは続いています。
チョコとコーヒーの件から病院に通っていますが、それでも母との喧嘩や母からの叱咤激励なるものを浴びるたびに、心がざわざわと苦しくなり、言われたことで自分の情けなさ、特性で直せない部分もあるのですが、その不甲斐なさを感じて「ごめんなさいごめんなさい、こんな私でごめんなさい」と何度も言い息が吸えなくなって頭がしびれて立てなくなるほど泣き崩れる…ときには自分を殴らなきゃ気が済まないパニックみたいな状況になってしまうことが度々起こるようになりました…。
「特性なのか性格なのかわからない区別なんかできないけど、とにかくあんたが悪い、直せなくても直せるように努力しろ頑張り続けろ、自活できないのが悪い、それなのに自分を癒す存在(趣味や娯楽)を摂取するなんて本当図々しい、お前に言う権利なんてない、携帯料金は自分で払ってるかしらんけど自分のものだと思って勝手に使うな、バイト代は自分の金だと思って好き勝手使うな、人と約束なんか勝手にするな、遊びになんてほいほい行くな、どうせお前は人と共生なんて出来ない、お前のセンスは悪いからどうせ服買っても捨てるだけ、お前の作ったオリジナル料理はまずい、何を作るかも相談せずに決めるな、お前に決める権限なんてない、お前は親のすねかじってるしか能がない、親に感謝もできないで甘ったれて何が娯楽だよ、お前と友達なんて絶対なりたくない、私が雇主ならお前なんか絶対雇わない(笑)、人並みのことが出来ないんだから人並みのことを羨むな、我慢して生きろ」…など。
母は怒りのままに上記のようなことを言ってしまうこともありましたが、何度も何度も口にする言葉なのできっとずっと思っていることなのだと思います。
そんな叱咤激励もある一方で、私の将来を案じていろいろと段取りをしてくれており、そういった言葉以上の行動における優しさがあるにもかかわらず、それ以上に、わかっているのに、母の放つ言葉への耐性が欠けてしまっている甘ちゃんな自分をあまりに情けなく思え、してもらってばかり甘えてばかりだから我慢しなきゃと思うのに…感謝しなきゃいけないのに…でもずっと心が苦しい…そんな感情と戦っています。
次第に私って存在しているだけで、とてもお荷物で迷惑なのだなと思うようになりました…。
母にとってはこんな底辺な私が家族として意見することは煩わしく、生意気なんだとよく怒っています。
私が心を癒していた趣味も、親のすねかじりならば無駄な浪費に過ぎず、私が何かを好きになること自体が迷惑でしかないのかもしれないと思えてくると一生懸命自分なりに仕事や家事をしても、いつまでも背徳感が残り、何も心から楽しめなくなっていきました。
自尊心を高めろと一方で言われますが、自分自身情けない塊のようにしか思えず、同い年の友人たちが続々と自分の人生を切り開いて就職、結婚、趣味を謳歌などしているのを見ているのも辛く、私はなんで生きているんだろう、一体このまま何をして生きればいいのだろう、楽しく自分の人生を生きたかっただけなのになんでこんな不自由に生きているんだろう、としか思えなくなりました…。
贅沢でわがままなことをほざいているに過ぎないのかもしれませんが、私がもう死にたいと思ってしまうことも、母に対してうまく感謝を表せないことも、今の境遇をありがたいと思えなくてむしろ窮屈に思えてしまっていることも、意思の範疇を超えて自分の心が母の言葉を拒絶しかけていることも、すべてすべて罪なのでしょうか?
死んだら楽になれるのではないかとずっと思っているのに、死に場所を探すとどれも何かしらで迷惑のかかることばかりでした…。
最後ぐらい迷惑をかけずに死にたいと思うのですが、死にたいと思っても死ぬことを許さない世の中なのですね…。
屋上には上がれない時世だし、電車に飛び降りれば後処理で遅延になって遺族に多額の賠償がかかるし、マンション等から飛び降りても名誉棄損で遺族に賠償があったはず…。
一人ひっそり死にたいだけなのに、死ぬ権利は与えられず、ただ生きるしかない今の世の中を苦しく思います…。
早く楽になりたい…救われたいと願ってもダメでしょうか…。
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ななしさん
お母さまは、二人三脚で尽くしてくださったのですね。
感謝なさっている、あなたのお気持ちはよくわかります。
ただ、「自分のせいで…。自分が悪い。」など反省する必要は、まったくないと思います。
甘えているわけでもありません。あなたには事情があり、ちゃんと働いて家事もしている。何も負い目を感じることはないのです。
お母さまはあなたに対して、無遠慮すぎると思います。
たとえ親子でも暴言で傷つけるのは、叱咤激励ではなく人格否定では…?
そのような言葉を拒絶するほうが、むしろ健全です。お母さまがいろいろ言ってきたら、他の部屋に移るなど距離をとってはどうでしょう。
できる限り、お母さまと離れる時間をつくるのもよいと思います。図書館やボランティアなど、どこか過ごせる所を見つけて。
趣味も遠慮なく楽しみましょう。ご自身の心を楽にすることが一番大切だと思います。
ななしさん
私は精神科で「顔が発達障害じゃない」と言われたので、診断されていて羨ましいです。まじで意味不明でした。
二十代ですが甲状腺機能低下症になりましたし。
人生は長いので親がよぼよぼになる前に自立できたらいいや、くらいでいいのでは。
ななしさん
あなたは現在のように母親に構うのももうやめたらと思います。
仲が良い、とおっしゃいますが喧嘩になった後のフォローが出来ないのはどうでしょう。
あなた自身も母親の言葉に苛立つようになっていますね。
なので母親とは少し距離を置いてあまり馴れ合いにならないのが良いかと思います。
話をするなというわけではありませんが、あなたの悪い癖が出そうになったら席を外すなどして気をつけてみてください。
普段「ありがとう」など言わないのならばなにかの折に言ってみるなどしてみてくださいな。
物事に飽きて来ているなら新しい物に触れてみるのも良いかと思います。
自分を卑下したり諦めることもなく、素敵な男性を見つけてください。もう既に誰か恋人くらい居て当たり前の年齢ですので、頑張って良いと私は思うのですが如何ですか。
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